「ねぇ、居合番長」
「なんだ」
 僕の呼びかけに対して、彼は生真面目にこちらを向いた。
 長い睫毛に縁どられた両眼は、いつだって澄んでいて、僕を裁くように透明な視線を照射している。もともとの眼力が強いのだろうか。清冽な意思を宿す目に射すくめられて、僕はいつも口ごもってしまう。
 それ悟られるのは嫌だから、気を持たせるように口を濁した。唇に人さし指を置いて、まるで何か考えているような仕草を演じてみる。
「ん――、そうだね、なんて言えばいいのかな」
「言いたいことがあるのならさっさと言わないか」
 居合番長の眉根が痙攣する。こういうある意味で直情的な性格をしているものだから、彼に僕の心を隠すのは簡単だ。
「え、言っていいの?」
 おどけてみるとまた痙攣した。わかりやすいことこの上ない。
「勝手にしろ」
 お許しが出たので僕は唇に指の代わりに大きな笑みをのせた。
「じゃあさ、居合番長」






「僕のこと、好きって言って?」






 くそ真面目な居合番長が「ああ、私も君のことが好きだ卑怯番長」なんて言うはずもなく、返答は青ざめた顔と凍った絶句だった。
 端正な顔を面白いほど歪めて、指先を震わせながら僕を指す。
「きっ……貴様は、いきなり何を気色の悪いことを言い出すのだ!?」
「えー、だめー?」
「断るっ!!」
 猫が逆毛をたてて威嚇するように一喝された。
 袖口から覗く白い腕には鳥肌でも立っているんじゃないだろうか。怒りのためか恥ずかしさのためかは知らないが、居合の体は小刻みに震えている。
「いーじゃない。減るもんじゃないし」
「いやだ」
「仕方ないな。じゃ、僕の耳元で囁くだけで許してあげる」
「余計タチが悪い! お断りだ!!」
「ええー、もう、けちんぼだなぁ君」
「うるさい」
 ブーブーと頬をふくらましても、居合番長の意思は変わらないらしい。ゆっくりとかむりをふって、深呼吸をくりかえしている。
「貴様が何故そんなことを言い出したのか知らないが、私はそんな軟派な言葉など言わないからな。絶対にだ!」
「えええええええ、そんなぁ」
「なんと言おうと無駄だ。……いい加減、その軽すぎる口を閉じないか!」
「やだ。君が好きって言ってくれるまで諦めない。ねぇ、好きって言ってよ。言って言って言って言って」
「しつこいぞ卑怯番長!」
 ひときわ大きい声で、居合番長が叫ぶ。僕の駄々をたたき斬る言葉とは裏腹に、彼の頬は紅に染まっていた。
「どうしてわざわざ言質をとる必要がある。……私の気持ちくらい、貴様にはわかっているだろう?」
 横顔を見せる彼の耳は、彼の髪以上に赤い。
 彼なりにだいぶ覚悟を決めて言ってくれたらしいセリフを僕は一蹴する。
「だって、君の声で聞きたいから」
 ニコリと笑ってみると、敵を睨むような目が近づいてきた。キスする距離まで迫ってきた彼は、あっさりと僕の口を素通りして、耳元に唇を寄せる。

「卑怯番長、」

 紡がれた甘い声に、不覚にも僕の胸は期待で高鳴ってしまう。
 息をとめた僕とは裏腹に、鼓膜は居合番長の息を吸いこむ音を捉えた。



「黙れ」


 彼の大音声が僕の脳天をマヒさせたのは、言うまでもないことだと思う。










2010.04.07up
最初はもっと居合さんがデレるオチだったのに
パソコン内で寝かしておいたらいつの間にか変質していたふしぎ。
むくわれない卑怯さんに合掌。