固く閉ざされた歯列を、執拗に舐めまわす。美しい歯並びのおかげで、エナメルのつるりとした感触が間断なく舌先に伝わる。緊張しているのか、居合番長の口内は少し乾いていた。 それならばと、舌を引っこめて自分の唾液を絡めとる。必要以上に濡れそぼった舌をもう一度つっこむと、強い力で肩をつきとばされた。 「なっ……にを! するのだ!」 顔を真っ赤にして、彼は口をぬぐう。ぬぐった手の甲に唾を吐き出さないのは高いモラルのなせる業だろうか。肩で息をしながら、居合番長は卑怯番長を睨みつけた。だが、マスクの男は飄々とした表情で、ぬめった舌で自身の唇を舐めている。 「息をとめてたの?」 卑怯番長は問いに答えずに、居合のせわしなく上下する肩を見て言った。指摘が事実だったのか、居合は答えずにそっぽを向いた。 首につられて一緒にしゃなりと揺れた髪を見つめながら、卑怯はクスと忍び笑いをもらした。 「居合番長ってば、かーわいい」 「うるさい。貴様のように手馴れていないのだから、仕方ないだろう!」 こぶしを握りしめ、居合は吐き捨てる。酸素不足のために昇った血は、耳まで赤くしていた。 「失礼だなー。僕だってそんなに場数踏んでるわけじゃないんだけど?」 さすがの僕でも怒りましたよとでも伝えるように、頭の上で手を組んで頬を膨らます。 「信じられないな」 「ひどーい。僕、傷ついちゃうよ?」 クハハ、とごまかすように笑う。きっと居合はこれを冗談だと受け取るだろう。本当のことだけど、嘘つきな羊飼いが信用されないのは社会の真実だ。居合の手が柄にかかった。数秒前まで口づけを交わしていたとは思えない。もっとも、口づけだけの関係なんてそんなものなのかもしれない。 どれだけキスをしても、それ以上に進ませてくれないどころか、舌を口腔に入れさせてもくれない。唇を乞うのはいつだって自分で、時折ひどく渇いた気分になる。潔癖は彼の美徳だろうが、進展性のないキスをするたび、心に小さな切り傷ができる。お前にはこれ以上なにも与えないと、釘を刺されているようで。 ひどいひどい。君はひどい男だね。 なんて、論理も理屈もない言葉を歌うように紡いでいると、真っ赤な顔がすぐ目の前にあった。 「――――っ」 呼吸の自由を奪われる一瞬間。 口唇を食むように、彼が自分に口づけていた。 「居合番長?」 「私は、かわいいなどと言われるような軟弱な男ではないし、あらぬ雑言を連ねられるほど薄情な男でもない」 わかったか? と胸を張って言うけれど、それはキスの後の仕種にしてはひどく滑稽だ。けれど、握った両手の震えようがあまりにもひどかったし、頬の赤みはこれ以上はないってくらいに赤くなっていたから許してあげることにする。 「じゃあ、もう一度してくれる?」 調子に乗って瞳を閉じると、鞘鳴りで返答された。
2009.10.22up
卑怯番長はキス魔だといいなという妄想。 |