昼食を終えた昼休み、教室の外は真っ青な空が広がっている。 時間割のうちで最も長い休み時間であるせいか、生徒たちも思い思いの行動をしている。 ともするとだらけた雰囲気にのまれがちな空気の中で、居合番長は凛と机に向かっていた。 白い紙の上に、墨痕鮮やかに古歌が書かれてゆく。 ――世の中を憂しとやさしとおもへども―― 「飛びたちかねつ鳥にしあらねば。 ……奈良時代の歌人、山上憶良の代表的な歌だね。貧しい人々の視線に寄り添った、今でいう社会派の歌風を持っていたみたいだね。当時としては珍しいみたい。他には『貧窮問答歌』や『子を思ふ歌』なんかが有名だよね?」 新しくおろした筆をほぐそうとして詠みなれた和歌を書いていると、背後から声がかかった。 集中を乱された居合がふり向いてみれば、ハンチング帽の下でマスクが笑っている。 「ねぇ、合ってるよね? そうでしょ?」 「……卑怯番長か」 これ見よがしに溜息をついてみるが、卑怯番長の顔から笑みが逃げていくことはない。いつものことではあるのだが、自分の分野で得意気な顔をしているのは腹立たしかった。居合にしては珍しく、挑発めいた言葉を続ける。 「敷島の大和心を人問はば」 「朝日に匂ふ山桜花」 「作は?」 「本居宣長。 江戸時代の国学者で、源氏物語の注釈『玉の小櫛』、古事記研究の『古事記伝』、創作なら『雨月物語』が有名かな。日本本来の姿を取り戻そうとした国学の立役者の歌を選ぶなんて、君らしいよね」 長舌を終えると卑怯番長は口元をクッと歪ませた。その満ち満ちた自信はいったいどこから溢れてくるのか。 「試すようなことしたって無駄だよ。僕は君のことならなんだって調べてるんだから」 おろしたての筆を置いてため息をつく。こんな軽薄な男につきあったのが間違いだった。馴れ合いを好いているわけではない。早く追い払ってしまうために視線を彼に据える。 「いずれ番長をすべて倒すためだろう? おためごかしは程々にしておけ」 「嫌だな君、そんなふうに思ってたの?」 それ以外になにがあるというのか。問えば、卑怯は舌を出して茶気た表情で答える。 「もちろん、君が好きだからに決まってるじゃない」 ――そんなこともわかんないの? などと続いた言葉は耳に入らなかった。その代わりに、みるみるうちに昇ってゆく血液が、彼の耳朶を真っ赤に染めた。 |