「おや、君は」 「あ」 居合番長が秋山優の妹を救った日から一週間後のこと。秋山は夕暮れに、あの時と同じ道をたどっていた。前回と違うのは秋山が一人であることだろう。今回の買い物はたいして多くない。スーパーの袋2つでこと足りた。時間帯が違うとはいえ、道は同じだ。居合番長と出会うのも、以前の偶然よりは必然性が高いだろう。 「久しぶりですね、居合番長」 「ああ。今日は子どもたちはいないんだな」 「ええ、今日は留守番してもらってます。前みたいなことがあっても大変だし」 「そうか……」 無難に受け答えをすると、居合は凛とした顔を少し和ませた。といっても、余人には大して変わったようには見えないかもしれない。卑怯番長として結構な間、居合を見てきた秋山だからこそわかったことだ。 妹を助けてくれた後、居合ははろばろの家まで同行してくれた。 弟妹たちのヒーローを見るかのような目に逆らえなかったのだろう。浮かんだぎこちない笑顔に、秋山は居合の新しい一面を見たような気がした。大勢の子どもと接することに慣れていないのだろうか。――さすがに刀を触られたときには、武士の魂に触ってはいけない! と厳しく諭していたが。 子供たちに袴をつかまれ、学ランを引っ張られても抵抗しようとしない。大勢にたかられたら、適当にいなすのが一番疲れずにすむのに。 それとも彼は、大勢の人間と接するのに慣れていないのだろうか。教室で見る凛とした姿勢は、孤高を約束すると共に孤立を招いている。事前に入手した情報によれば舎弟も少ないようだったし、存外人づきあいは不得手なのかもしれない。 探りを入れられるのは嫌だから、居合番長にはある程度「秋山優」の事情を話しておいた。もちろん卑怯番長の側面は除いて。そのせいか、居合が秋山を見る目はひどく優しい。今、秋山の前に立つ居合番長を卑怯番長として見ようとすると、ひどく居心地が悪かった。 「君は、偉いな」 「……なにがですか?」 考えごとにふけっていたせいか、居合が何を言い出したのかしばらくわからなかった。 目をしばたかせると、彼は苦笑いをする。 「私と同じくらいの年だろう? その年であれだけの子どもたちの世話をして、施設のたてなおしまで頑張って。……君は昨今稀に見る誠実な人間だよ」 「それは、どうも」 居合番長には照れというものがないのか、秋山をまっすぐ見つめて賛辞の言葉を述べる。普段、卑怯番長として接する時にはまったくあり得ないことだ。背中がむずかゆくなる。 「でも僕は、そんなに誉められるような人間じゃありませんよ」 「そんなことはない」 とりあえずバレた時のための伏線を張っておいた。良いミステリーは読者に謎解きのヒントを与えるものだ。それに気づけるかどうかは、その人物の器量による。もっとも、居合がミステリーなんて横文字のジャンルを読んでいるかは疑問の残るところだけれど。何を思い出したのか、彼は曖昧に口の端をゆるめ、ぼそっと呟いた。 「卑怯番長に見習わせたいくらいだ」 「――――っ!」 噴き出しそうになるのを必死でこらえる。 表情が居合に見られないように下を向いて、肩を震わせた。 ここにいるのはその卑怯者ですよ、と告げたらどんな顔をするのか。 そんな秋山の意地の悪い想像には気づかず、居合は小首をかしげる。 「君は、すぐに帰ってしまうのか?」 「まぁ、子供たちが待ってますから」 「そうなのか……」 居合は顔を曇らせた。というか、この歩く銃刀法違反は何の用があってここにいるのだろう。 散歩だろうか。だとしたら、暇なんだなあと思う。こちらとしては少しうらやましいくらいだ。 「用がないのならこれで」と去ってしまおうとすると、 「ぁ、秋山くん」 なんて、緊張した声で呼びとめられた。 居合はうつむいていた顔をあげ――その顔を真っ赤にして、桜色の唇を開く。 「もし、君が迷惑でないのなら、少し一緒に歩かないか」 「は?」 何故そんなことを聞くのか。 まさか居合はもとから自分のことを卑怯番長だとわかっていて、何か策を巡らせているのか。だが桐雨刀也という男がそんな真似をするはずがない。そして頬を紅潮させる理由にもならない。 納得のいく理由をひねり出すために、彼に応えられずにいると、居合は眉根を下げてさらに言葉を紡いだ。 「いや、別に寄り道をしろと言いたいつもりではないんだ。君の邪魔をするつもりもない。 ただ、君が家につくまで喋っていたいと思って。その、変な意味はないんだ。わ、私は」 わたわたと手をふりながら、居合は耳まで真っ赤にする。 必死の決意をこめるかのように目をつむり、彼はひときわ大きな声を出した。 「私は、君と、友人になりたいんだ!」 「……はぁ」 気の抜けたため息みたいな返事が漏れる。いったい何を言うのかと思えば、そんな他愛のないこと。居合は、友になるのに言葉で許可をもらわなければいけないとでも思いこんでいるんだろうか。 さっき思った、居合番長人づきあいが苦手説が脳裏に浮上する。案外、的を射た想像だったのかもしれない。 「だめ、だろうか」 おそるおそる目を開けた居合が秋山に尋ねる。その顔はあまりにも無防備で、普段の澄ました彼からは考えられない幼げな表情をしていた。もしかすると居合から「居合番長」という號を取り去ってしまえば、意外と親しみやすい男なのかもしれない。 卑怯番長と居合番長ではなく、秋山優と桐雨刀也。 そんなつきあいをしてみても、いいんじゃないだろうか。 卑怯番長にとってなんのメリットもない――もはや気の迷いとさえ言える考えがよぎる。秋山がそれを却下しようとする前に、彼の口は動いていた。 「いいですよ」 あまつさえ、悪い夢を見て起きてしまった弟妹たちにむけるとっておきの笑顔なんて浮かべてしまう。 なにを言ってるんだ僕は! と、背筋にサッと冷たいものが走るが、それは居合が浮かべた安堵の笑顔で拭いさられてしまった。両手で秋山の手を握り、ぶんぶんと上下させる。淡い色の瞳はキラキラ輝いていて、宝石みたいだと陳腐な比喩が思い浮かんでしまった。 「ありがとう、秋山くん!」 「い、いたいいたい、痛いですってば居合番長」 下げていたスーパーの袋が手首にくいこんでいた。赤くなった肌を見て、居合番長が――いや、桐雨刀也は泣きそうな顔になってパッと手を離す。 気にしないでくれと言っても、すまなさそうな顔は晴れなかった。仕方ないな、と秋山はつぶやいて、袋ひとつを桐雨に押しつける。 「はろばろの家まで、一緒に運んでください。あと、『秋山くん』って呼ぶのはやめてください。むずかゆくて仕方がない」 袴姿にスーパーの袋というのもミスマッチで笑えたのだが、一番おかしかったのは袋を押しつけられた桐雨の顔だろう。 ぽかんと口をあけて、それからじわじわと喜色を顔中に滲ませてゆく。袋をぎゅっとかかえこんだのには、もう少しで吹きだしてしまうところだった そんな気配が伝わってしまったのだろうか。桐雨は真面目な顔になって、少し険しい視線をこちらに向けた。 「だったら、君の丁寧口調もやめてくれ。私のことも居合番長ではなく、名前で呼んでほしい」 「オーケー、わかったよ刀也」 ニヤリと笑うと桐雨はまた両目を丸くした。どうやら僕は当分退屈しないですみそうだ。 歩道に二人の影が並ぶ。くっついたり離れたりしながら、黒影はゆらゆらとはろばろの家へと向かっていった。
2009.11.21up
友達つくれない居合番長萌え。 きっと、友達になってくださいって言うまでもんもん悩んだんだと思う。 |