金曜日の昼休み。
 あと数時間で一週間の授業が終わり、学校から解放される。そのため普段ならばやいのやいのと騒がしいのだが、その日、昼休みを告げるチャイムがU-Aに運んできたのはゴクリと唾を飲む戦慄と、「やっぱり……」というどよめきだった。
 他のクラスとは違う空気を発生させている原因は、教室の隅の巨漢。彼、金剛と比べると標準サイズの机がままごとのように見えるが、それが問題なのではない。問題は、彼がコンビニ袋から出したものだ。心なしか楽しげに並べていくのを、クラスメイト達は信じられない物を見るかのように見つめている。
 そこに勇気を出して――といっても顔はひきつっていたのだが――声をかける少女が一人。

「金剛……あの、さ」
「なんだ? 陽菜子」
「い……いや、なんでもない」

 引きさがりながらも片手に持ったケータイで写メをとるのは流石と言うべきか。わりとフツーじゃなくなりつつある彼女のケータイには、金剛の机上の光景がおさめられた。
 変哲のないコンビニ弁当に、少し汗をかいたペットボトル。持ち主の巨体が一部しか映っていないのは仕方ないだろう。彼の全身をおさめようとすると、何メートルも離れなくてはならないし、そもそもそれだけならば陽菜子だって撮影はしない。問題は、机に並んだ黄色い物体。
 すなわち、プリンの行列である。
 内容量500グラム、高さにして17センチ。一つだけでも胸やけがしそうな極大プリンが七つ、机の端から端まで一列に並んでいる。神龍が宿った某ボールではないが、これだけ集まればプリンの精の一匹やニ匹は呼びだせそうである。
「やっぱ、フツーじゃないわ……」
 ぼそりと陽菜子はひとりごちる。しかしその言葉はクラスメイト達全ての思いを代弁していただろう。なにせこのプリンの行列は今日に始まったことではなかった。

「ちょっと金剛! 君、またそんなにプリン食べるの!?」

 驚いたような、呆れたような声は、教室の入り口からあがった。今まで金剛に遠慮して、誰も口にできなかった問いを投げた者を見ようと、皆の視線は自然、そちらへと向かう。そこには金剛に続いて転入してきた番長――仮面に短すぎる学ランを身につけた卑怯番長の姿があった。
「君、この一週間、ずっとそのプリン食べてるだろ! 何考えてるわけ?」
 呆れた口調の中に非難をにじませて、卑怯番長はつかつかと金剛の元に歩みよる。黒に包まれた指でプリンをつきさし、仮面の下から強い視線で金剛を射抜いた。
「僕だって、他人の食生活にいちいち口出すつもりはないけど、いくらなんでも目にあまりすぎ。月曜日から毎日七個ずつ、今日でのべ三十五個! 一週間にそんなにプリン食べたら、体壊すだろ! ……まさか、家でも食べてるわけじゃないだろうね?」
「……いや」
 厳しい調子で問う卑怯に、金剛の舌の回りは鈍い。
「家では、三個だ」
「食べてるのかよっ!」
 卑怯のつっこみに、周囲のざわめきはより大きさを増す。「……のべ五十かよ」「金剛番長だもんな……」とひそひそ話がU-Aに溢れた。
 そのざわめきに、ようやく自分がどれだけ規格外なことをしていたのか気づいたのか、金剛は眉間に軽くしわを寄せる。
「ダメだったか?」
 純粋に不思議がって首をかしげる金剛に、卑怯はプリンを指していた指を下ろした。おそらく仮面の下の眉間には金剛よりもずっと深く皺がよっているのだろう。はーっ、とわざとらしいほどの溜息をついて首をふる。
「君って時々、白雪宮さんもびっくりなくらいの天然だよね……」
 反論しようとする金剛に口を開かせる暇を与えず、卑怯は問いを重ねる。
「っていうかさ、先週までは普通のお弁当だったじゃない。どうしてそんなことになったのさ」
 周りの生徒たちがうんうんと頷く。普通と言うには尋常な量ではなかったが、並んだプリンと比べれば随分と常識的な光景だ。おそらくプリンは量の少ないコンビニ弁当を補うためのものだったのだろう。それくらいのことは予想がついていたが、まさか一週間連続でプリンを持ってくるとは思わなかった。
 プリン好きは知っていたが、まさかこれほどまでだったなんて。こんな甘党野郎に負けたのかと思うと、少し複雑な心境になる卑怯番長だった。
 金剛は卑怯の視線からプリンをそっと隠しながら話しだす。
 曰く、今までの尋常でない量の弁当は、近くの弁当屋を手伝っていた報酬だという。弁当屋の主人はだいぶ歳がいったお爺さんで、重い荷物を金剛に運んでもらっていたのだとか。しかし、そのお爺さんが先週、事故にあい、怪我を負ってしまった。怪我自体は大きなものではなかったが、大事をとって一週間ほど入院することになったそうだ。店を開けるわけにもいかず、よって金剛の昼食もできあいの物になったのだという。
「……俺は料理ができないからな」
 堂々と言い放つ姿に、周りのクラスメイト達が仕方ない、という雰囲気になる。二人の会話を大人しく聞いていた居合番長がすまなさそうに口を開いた。
「そんな、言ってくだされば仕出しの者に言いつけて、金剛番長の分も持ってきましたのに」
「いや、そんな迷惑をかけるわけにはいかねえ。気持ちだけもらっとくぜ」
「金剛番長……」
 金剛の漢気溢れた笑顔に、瞳をキラキラさせている居合はさておき、卑怯は再度わざとらしい溜息をついた。
「君、確か一人暮らしだったよね? まさか夕飯も朝食も全部買ってきたご飯食べてるの? プリンも一緒に?」
「ああ、そうだな。朝一で食べるプリンも乙なもんだぜ」
「……ふぅーん」
 悪びれないまま答える金剛の、果たして何が卑怯の逆鱗に触れたのか。応えた卑怯の声は酷く冷たいものだった。
「そんな食生活してるから、一週間プリン尽くしで周りをざわざわさせても平気なわけだ。よーくわかったよ」
 卑怯の指先が、今度はプリンではなく金剛の鼻先に突きつけられる。
「金剛番長、君にはこの土日、僕の家に来てもらう! 料理の基礎と、食生活のバランスってものを叩きこんでやるよ! このでかすぎるプリンを毎日十個食べるような食生活なんて、僕は許さない!」
「む……気持ちはありがたいけどよ、」
「問答無用! 僕の卑怯の限りを尽くして、君に料理を教えこむ!」
 宣戦布告のようなそのポーズに、クラスメイト達はまたもざわざわとどよめきはじめる。

 二人を一番近いところで見ていた陽菜子は、数歩下がってケータイを構えた。
「やっぱ、フツーじゃないわ……」
 パシャ、とシャッター音が鳴る。
 陽菜子のケータイには、プリンをはさんだ番長二人の熱い光景が記録された。










2010.07.10up
ツイッターで都屋さんからリクエストを頂いたもの。
「プリン他甘いものの食べすぎをくどくどと卑怯(秋山)に説教される金剛」
と仰っていただきましたが、晄くんプリンしか食べてねえ……。
むむむ、精進精進。
都屋さん、リクエストありがとうございました!