むかし、むかし、あるところに、道化番長朝子と道化番長夜子が住んでおりました。
毎日朝子はしば刈りに、夜子は川へ洗濯へ行きます。
ある日、夜子が川のそばで洗濯をしておりますと、上流から袴にのった大きな桜餅が流れてきました。
大きな……桜餅……。朝子に、おみやげにしよう
そう言って、朝子は桜餅を袴に包んで洗濯物と一緒にお家へ持ち帰りました。

「夜子ー、ただいまー!」
おかえり……。これ、川で拾ったの。……一緒に食べない?
夕方になって朝子が家に帰ってくると、夜子は大きな桜餅をかかえてきて、朝子に見せました。
「こりゃ見事なもんだね。じゃあさっそく半分に切ろうか」
 朝子が包丁をふりおろし、桜餅を断ち切ろうとした瞬間、だしぬけに桜餅が割れ、中から小さな子供が飛びだしました。
「きりうりゅーいあいじゅつっ、ぜろしき、しらはひねり!」
「――えっ!?」
……うそ
なんと、飛びだしてきた子供は朝子の包丁を受け止め、なんとその斬撃を受け流してしまったのです。
薄い桜色の髪、柔らかいまつげが縁どる大きな瞳。
まだまだ小さく子供らしい華奢な体は白磁のような肌で包まれています。
朝子と夜子の前に現れたのは、職人が丹精こめて作りあげた人形のように美しい子供でした。 驚いて顔を見あわせる二人には、言葉もありません。
「まさか桜餅の中から子供が出てくるなんて……」
びっくりした……。でも、これも何かの縁かもしれない……
「……そうかもね」
二人は桜餅から生まれた愛らしい子供に「桜太郎」と名づけて、袴の似合う年齢になるまで育てることにしました。


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朝子と夜子に大切に育てられた桜太郎は、剣技が得意な凛々しい少年に育ちました。
真面目な彼は、三本角の鬼が鬼が島からやってきて都を荒らしているという話を聞いて、鬼を退治してやろうと思いました。
そこで、朝子と夜子にその話をすると、二人は溜息をついて、奥から袴を出してきました。
川で桜餅を拾った時の袴です。いつか渡すべき時が来るまでずっと大切にとってあったのでした。
「桜太郎は言い出したら聞かない子だからね……。無事に戻ってくるんだよ」
……せめて、これを持って行くといいわ
そういって夜子がさしだしたのは、二人で作った桜餅でした。
桜太郎は袴を身につけ、刀をさし、桜餅の袋を腰にぶら下げて、門の外へ出て行きました。
朝子と夜子の二人は、そのすっと伸びた背をいつまでも、いつまでも見送っていました。


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桜太郎が道を進んでいきますと、草むらの中から犬がかけてきました。
背が高く、体つきも立派で、顔に傷跡の目立つ彼は王狼番長と名のり、桜太郎に尋ねます。
「お前は――桜太郎だな? どこへ行くんだ?」
「いかにも。鬼が島に鬼を征伐に行く途中だ」
桜太郎は凛とした声で堂々と告げます。自分よりずっと小さい桜太郎が、まったく物おじせずに喋る様は、王狼番長にとって好ましいものでした。
口の端を少しだけあげて、王狼番長は言葉を返します。
「その腰につけているのは桜餅だろう? そいつをくれるってんなら、一緒について行ってやっても構わないが」
「……ほぅ、これを見ぬくとは大したものだな。いいだろう。共に鬼を退治しに行こう」
犬こと、王狼番長は桜餅をひとつもらって、桜太郎のあとからついて行きました。

しばらく行くと、木立ちの中から猿が出てきました。
マスクに帽子、腹筋むき出しの彼は卑怯番長と名乗り、にやにやと笑っています。
「君、桜太郎だろ? お供なんて連れてどこに行くのさ?」
「鬼が島へ鬼をこらしめに行く。貴様も共に来るか?」
ふざけた態度の卑怯番長に対して、桜太郎は冷たい視線を浴びせます。
少し驚いた顔をした王狼番長が、いいのか? というように桜太郎を見ました。
が、桜太郎は構わないのだ、と言うように王狼番長に微笑みかけます。
卑怯番長にとっては、そのやりとりはあまり気に入らないものでした。
「いいよ、僕も行ってあげる。その代わりその腰の桜餅をひとつちょうだいよね」
「好きにするがいい」
猿こと、卑怯番長は桜餅をひとつもらって、桜太郎のあとからついて行きました。

それから三人が進んでいくと、今度は雉がやってきました。
光のない瞳に、真っ白い帽子、不思議な形の剣を携えた彼は憲兵番長と名乗り、桜太郎にずいずいと近づいてきます。
「誰かと思えば、弟弟子の桜太郎くんではないかい。妙なのを二人も連れて、いったいどこへ行くつもりだい?」
「……鬼を征伐しに鬼が島まで。一体なんの用だ」
桜太郎に睨まれても、憲兵番長は笑みを絶やしません。
「なに、小生もついて行こうかと思ってね。金糸雀が鬼を斬ったら、どんな声で鳴いてくれるのか……、興味深いと思わないかい?」
「生憎、私にそのような趣味はない」
雉こと、憲兵番長はにべもない態度の桜太郎にまったくめげずに、とうとう桜餅をもらって共に行くことにしてしまったのでした。


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四人が都に着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていました。
鬼が島はすぐそこですが、夜に海に出るのは危険です。
海辺の近くに宿をとって、四人はそこで一夜を過ごすことにしました。
「鬼が島には明日ゆくことにする。皆、体を休めて明日に備えるように」
きりりと視線を厳しくして、桜太郎はお供の三人に告げます。
「言われるまでもない」
ふん、と鼻を鳴らす王狼番長。
「都に来たからって、浮きたつような歳でもないしね。わかったよ」
唇の片端をつりあげる卑怯番長。
「軽く撫で斬りをしに行こうかと思っていたのだが……君がそう言うのならやめておこうかね」
なにやら物騒なことを言う憲兵番長。
三者三様の答えを聞き、桜太郎は一足先に休むことにしました。
昼間の疲れが出たのでしょう。桜太郎は、布団にもぐった途端に寝息をたてはじめました。

「ふふ……可愛らしい寝顔をさらすものだね」
笑み崩れた口元に指先をのせて、憲兵番長は桜太郎を眺めます。
光のない瞳は、愉悦に黒々と濡れているようでした。
「君ちょっと、彼に近づきすぎじゃない? 君みたいなのが側に来たら、安心して眠れないと思うケド」
仮面の下から鋭い視線を放つ卑怯番長が、憲兵番長を牽制します。
「素顔も見せられないような男に言われたくはないねぇ」
「これは僕のスタイルだから。時代錯誤の格好した人にとやかく言われたくないな」
ピシリ、と。
二人の視線がかちあい、小さな火花を散らしました。
憲兵番長は金糸雀の柄に手をかけ、卑怯番長は学ランを開いて拷問鞭を手にします。
「卑怯番長……といったかな? 桜太郎くんにつき従う者に、弱い番長はいらないと思わないかね?」
「まさか君と意見が合うとは思わなかったな。僕も、彼の周りに変質者はいらないと思うよ」
二人は音もなく立ちあがり、間合いをとります。
今にも互いを葬る絶技をくりださんとせんばかりの空気を変えたのは、今まで沈黙を保っていた王狼番長の一声でした。
「おい、お前たち」
ただでさえ良いとは言えない目つきの彼が、二人をギロリと睨みます。
「騒ぎを起こすつもりなら、外でやってもらおうか。こいつが起きてしまうだろう」
そう言う王狼番長の腕の中には、布団に包まれた桜太郎がすやすやと眠っています。
「ちょ、ちょっと君! いつの間にそんなことしてるのさ!」
「小生に断りもなく、桜太郎くんに密着するとは……許しがたいね」
「ふん、お前たちのとばっちりをくわないようにしたまでだ」
三人からたちのぼる殺気で、部屋の中の空気は瞬間冷凍されてしまいました。
視線がぶつかりあい、再度火花を散らしはじめます。
卑怯番長が口火を切りました。
「この際さ、最後まで立っていられた漢が桜太郎の従者ってことにしない? 僕は君たちに負ける気なんかないけど」
「大口を叩くとあとが辛いのではないのかね? 小生は君たちが斬れるのならば異存はないがね」
「その台詞、熨斗つけて返してあげるよ」
「お前たち、俺の話を聞いていなかったのか……!」
あくまで戦いを続けようとする二人に、王狼番長の堪忍袋の緒も切れてしまったようでした。
桜太郎を背後に横たえ、二人を睨みつけながら戦闘の構えをとります。
―――― 一触即発。
桜太郎によって集められた三人の番長たちは、裏を返せば桜太郎以外に興味を抱いていないと言っても過言ではありません。
むしろ、桜太郎の歓心をかうのには自分以外の従者は邪魔以外の何物でもないのです。
「桐雨流――――」
「汚れし――――」
「王狼の――――」
各々の技名が唇にのぼります。
全てを言い終えるか終えぬか、といった瞬間、外で切羽詰まった悲鳴があがりました。

「鬼がきたぞーーーーーっ!」

恐怖を多分に含んだその声に、桜太郎は目を覚ましました。さっと身を起して、刀を手にします。
「王狼番長、卑怯番長、憲兵番長、今の声を聞いたか!?」
「当たり前だ」
「あんな大きな声聞き逃すわけないじゃん」
「小生としては、君の寝息のほうを聞いていたかったのだがね」
先ほどまでの睨みあいを隠して、三人は桜太郎に応えます。
「予定より早くなったが、こちらに来たのならば好都合。皆、行くぞ!」
そう言うがいなや、桜太郎は声の聞こえてきた方向へ駆けだして行きました。
三人のお供も遅れじと走り出します。
夜の闇に、四人の学ランがなびきました。


 ――――――――――――――――


「――っ! 貴様が、三本角の鬼!」
桜太郎が見つけたのは、最も多く人々の口にあがった三本角を持つ鬼でした。
巨体の鬼は道の上に、夜闇よりもなお濃く深く影を落としています。
かすかな月明かりを反射してぴかぴか光る白目は、地を這う人間すべてを睥睨しているようでした。
人ではない者が持つ圧倒的な気迫に少々気圧されながらも、桜太郎は堂々と名乗りをあげます。
「我が名は桜太郎。近頃都を荒らすという鬼を退治しに参った!」
「そうか、そりゃ大変だな」
刀の柄に手をかける桜太郎に対し、三本角の鬼は気の抜けた返事を返します。
「……愚弄するつもりか? 名乗りを聞くまでは手出しをするつもりはなかったが……返答いかんによっては叩っ斬る!」
「どうも話が見えねぇな。お前、誰かと勘違いしてるんじゃないか?」
火がつきそうなほど睨みつけても、三本角の鬼はきょとんとした顔をしたままです。
そして桜太郎も、不思議な気分がしてきました。
正面に対峙して初めて分かったのですが、彼からは邪気や殺気を全く感じません。
まとう雰囲気は圧倒的であれど、それが邪悪なものかと問われれば、否と応えざるをえません。
彼がまとうのは単純に、純粋な、力。悪用すれば大変なことになるのでしょうけど、己が力を悪用するような漢には見えません。
むしろ、邪気だけで言うのなら、桜太郎の従者たちのほうがよっぽどたちが悪いように思えます。
三本角の鬼は、破壊の限りをつくす、とても悪い鬼だと思っていたのですが……。

「……三本角の鬼よ、貴様に聞きたい。私は都を荒らす鬼を征伐しに来たのだ。
 貴様に、その心当たりはあるか?」
「いや、都が荒れてるって話は聞かねぇな。ただ、前に兄貴が都に来たときに、
 鬼と間違えられたらしい。だから俺もこんな夜更けに来たんだ」
もっとも、さっき見つかったからまた出直さなきゃならんがな、と三本角の鬼――金剛は言います。
「……? では、都は荒れてなどいなかったのか?」
「少なくとも俺にはそうは見えねえ」
鬼が嘘を言っているようには見えません。桜太郎は目の前の彼を退治するべきなのかどうか、わからなくなってしまいました。
「おやおや桜太郎くん、敵を前にして迷っているようではまだまだだよ?」
戦闘を前にした憲兵番長の弾んだ声が響きます。金糸雀が金剛の喉元を狙って鋭い軌跡を描きました。
「憲兵番長ばかりにいいところをとられちゃたまらないね」
金糸雀を避けた金剛に、拷問鞭の追撃が迫ります。
金剛は巨体に似合わぬ敏捷さでそれを避けましたが、その場には王狼番長が控えていました。
「俺を忘れないでもらおうか!」
襲いかかる拳を、金剛は自分の拳で受け止めます。
「待て、俺はお前たちと戦うつもりはない」
困惑する金剛の言葉を、三人の番長は聞こうともしません。
「弱い犬ほどよく吠える。負け犬の遠吠えは聞き苦しいのでな、早めにあの世へ送ってやろう」
「理由なんてどうだっていいじゃん。君、桜太郎と話してたみたいだけど……なに話してたのかな」
「小生の許しなく、小生の桜太郎くんと話すとは……ねぇ、粛清に値すると思うけど」
桜太郎に良いところを見せるため、先ほどまでのいがみあいがなかったかのように、三人の息はぴったりです。
「――っつ、桜太郎、お前はこれを狙ってたのか?」
悲しそうな瞳で、金剛が桜太郎に問います。
「ち、違う……私は……」
桜太郎には眉尻をさげて首をふりました。
「私は、悪い鬼を退治に来たのだ! 王狼番長、卑怯番長、憲兵番長、鬼だからといって無辜の者を襲うのはよせ。それは私の望むところではない!」
絞り出すような声に、三人の番長は不満げな表情をしながらも、それぞれの獲物をおろしました。




「そもそも、なんで鬼退治なんざしようと思ったんだ?」
金剛が不思議そうな顔で再度尋ねます。
改めて四人から事情を聴いた金剛は、都を荒らす鬼なんていないことを彼らに説明しました。
金剛の一族は体が大きく、少し離れた島に住んでいることもあって、昔からよく鬼と間違えられていたそうです。
けれど、彼らの性格はまっすぐで、スジの通らないことは絶対にしない、と金剛は断言します。
「私は、都を鬼が荒らしていると話を聞いたのだ。それが間違っていたのだろうか……」
「その話はだれから聞いたんだ?」
「確か、兄弟子の憲兵番長から……『近頃都を荒らす鬼がいる』と」
憲兵番長に八つの瞳が集まります。
「小生は、そうだね……『近頃の都には鬼がいて、鬼がいる都というのは大概荒れるものだ』と聞いたがね」
「誰にだ?」
「そこの犬だったかな」
「王狼番長、だ」
憲兵番長に集まっていた視線は、呼び方の訂正を求める王狼番長に流れました。
「俺は都を行き来して商いをする秋山という男に、『都には鬼が出るらしい』と聞いたな。
 ついでに、鬼が出ると物価が高くなるだろうから今のうちに買いだめしておけと
 色々と余計な物を買わされた記憶がある」
「あ、それ僕だ」
卑怯番長がぽろっと失言しました。全員の視線が彼のもとにつどいます。
「卑怯番長、貴様がすべての原因か……」
「でも、都の人が鬼が出るって思ったのは本当の話だろ? 僕はわざと間違ったことを言ったわけじゃない」
言い訳じみた言葉でしたが、確かにそれは本当でした。悪い人がいるのなら、それは最初に金剛一族を鬼と間違えた人でしょうし、その人も悪気があったわけではないでしょう。
「伝言ゲームってわけか……」
金剛が腕を組んで苦笑いします。
都を荒らす悪い鬼というのは、もともとどこにもいなかったのでした。
「すまない……私の勘違いで、あなたに不愉快な思いをさせてしまった……いったい……どうやって詫びればいいのか……」
桜太郎は肩を落として金剛に謝罪の言葉を述べます。夜の闇の中、髪の隙間から見えるほっそりとしたうなじが痛々しく見えました。
そんな桜太郎の肩を叩き、金剛はすがすがしい笑顔を浮かべました。
「気にするな、桜太郎。お前も悪気があったわけじゃないんだろ」
「しかし、それではいくらなんでも」
「知ったことか」
「―――っ!」
潔く言い切る金剛に、桜太郎は大きな器を見ました。
この人は、体だけでなく、心までも巨きい。
胸のどこかで、ひときわ高く音がしたような気がしました。
「もうそろそろ夜も明ける。お前たちは宿に帰ったほうがいいだろう」
金剛の言葉で、桜太郎と三人のお供は来た道を引き返すことになりました。
鬼を征伐できなかった三人は不満げでしたが、桜太郎の胸には小さな灯がともっていました。
人の過ちをも「知ったことか」の一言で許してしまう金剛。
その大きさははかり知れません。

(今度会う時があったなら――)

灯火を守るかのように胸に手を押し当てて、桜太郎は思います。




(――その時は、きっとあなたの刃となろう――)













めでたし めでたし?





2010.02.03up
先日参加させていただいた迷子さん宅の絵茶で
「桃からうまれた桃太郎ならぬ、桜餅からうまれた桜太郎」
という皆さんのネタが素敵過ぎて、思わず頂いてきてしまいました。
桜餅なんかよりも桜太郎が食べたいお付きの三人と、
そんな三人なんかよりもずっと器のおっきい金剛鬼にときめく桜太郎。
自分では思いつけないようなパロディだったので
書いてる間ちょっと大変でしたが、すごく楽しかったです!!
みなさんありがとうございましたー!!!!