――なんかこう、すったもんだなことがあって、秋山と新米刑事が追っていたチンピラたちが開き直って銀行に立てこもったりなどしてしまう。
二手に分かれて追い詰める作戦に出るが、新米刑事はドジを踏んで捕まり、人質と同じ扱いを受けることに。 銀行ロビーの片隅に、女の人ばかりが手を縛られて、一ヶ所に集められていた。新米ももちろん手を縛られて、そこに蹴り飛ばされる。 ちくしょう、と歯噛みをする新米。せめて人質を安心させようと「大丈夫です!」と自分が刑事であることを説明するが、逆に不安がられる始末。 どうしよう、とますます焦る彼だったが、今まで見てきた事件よりも人質の動揺が薄いことに気がつく。どうやらそれは、隅にひっそりと正座をしている和装の人間の影響のようだ。 ショートカットのその人は、端正な顔に平坦な表情を浮かべて正座をしている。まるでこんなこと、瑣事にすぎないとでも言わんばかりに。 どうやらその人の落ち着きぶりが他の人質にうつっていたらしい。新米刑事は、「彼女を説得したらうまくいきそうだ」と思ってその人に近づく。 近づいてみると、整った顔の美しさがきわ立つ。落ち着いた雰囲気も相まって、美術家が作った彫像のようだ。 「……なにか?」 と、視線だけ動かして和装の人は問う。流し目の色っぽさにどきっとする新米。 「あの、自分は刑事なのですが、」 「ああ、聞いていた」 しどろもどろに、チンピラたちは逃亡中なので大した武器を持っていないこと、自分が捕まってももう一人いること、その刑事は先輩で非常に優秀だという事を説明する。 和装の人質が大人しく聴いていることから、新米の口は徐々に滑らかになり、また、周囲の人質たちもその様子にほっとした表情を見せ始めた。 「その先輩、あっ、秋山先輩って言うんですけど、本当にすごいんです! いつだって予想の一歩先、二歩先を歩いてる人で、決めゼリフもかっこよくて!」 「決めゼリフ……?」 きらきらした目で先輩をたたえる新米の目には、和装の人の皺が寄った眉間は見えていない。 「はい! 決めゼリフっす! 秋山先輩はちょっと策を使いすぎて、よく組の奴らに 卑怯者って罵られるんです。けど秋山先輩はそれを気にすることもなく、 『ありがとう、それが僕には最高の褒め言葉だ』 って返すんですよ! かっこよくないっすか? そこに痺れる憧れる!」 「なるほど……」 和装の人は表情を崩して少し微笑んだ。子供っぽかっただろうか、と新米は少し恥じる。それをうち消すように声を大きくした。 「とにかく、大丈夫ですから! 秋山先輩なら絶対です!」 「ああ……期待して待っていよう」 と、二人が会話を終えた途端、ロビー中央から野太い悲鳴が上がる。「秋山先輩だ!」と、新米は立ちあがる。 すぐ、目の前で鞭が乱舞しているが、秋山一人では少々荷が重いようだ。新米は駆けだそうとしたが、それより早く和装の人が風になっていた。 「卑怯!」 「わかった!」 和装の人の声に、秋山は鞭の手を止め、チンピラ達が取り上げていた人質たちの私物に手を伸ばす。ハンドバッグやコートの中から出てきたのは、ひとふりの日本刀だった。 ――そこから先は見事の一言。 秋山から刀を受け取って、自分の拘束を解くと、袖をはためかせてチンピラ達を斬っていった。日本刀は真剣の輝きを持っていたが、血が流れていないところを見ると峰打ちだろう。屈強な男たちを昏倒させるには並大抵の技術ではおいつくまい。 秋山の鞭さばきをかいくぐって、和装の人は舞うように動く。息の合った二人の、演舞のごときひらめきに、新米はただ茫然と立ち尽くしていた。 「クハハッ! まさか君が人質に取られてるとはねー。日本刀見たときまさかと思ったけど、そのまさかだったとは」 「夜子を逃がすための交換条件だ。刀は武士の魂だが、人は己の命を呈しても、守らなければならないものがある」 「君、わかってないだろうから言っとくけど、たぶん普通に女の人だと間違えられてるからね? 刀を手放しただけで君が夜子さんの代わりになったとは思えないし」 「……なに?」 チンピラ達をパトカーに乗せた後、和装の人――桐雨刀也は早速秋山にからかわれていた。 人質に男など残すのは愚の骨頂。それをあえて刀也を残したのは、自分の自己犠牲精神を買ってのはずだ、と反論するが、秋山は笑って取り合わない。 「お前だって、最初は女性だって勘違いしたろ?」 と、新米に話をふる。 「あ、その、お……オレはっ!」 新米刑事はといえば、勿論秋山の指摘通りであったし、最後の最後に憧れの秋山先輩の手助けができなくて歯を食いしばって悔しさに耐えていた。 しかしそれ以上に、桐雨に秋山のことを話してしまったのが恥ずかしい。何故なら、桐雨は―― 「オレはっ、秋山先輩の親友の桐雨さんが、まさかこんな近くに居らっしゃるとは思わなくてっ」 絞るように声を出すと、桐雨がきょとんとした顔をした。 「秋山は私のことを君に話していたのか?」 「え、ええ。よくお話をうかがってます。番長時代からずっと、桐雨さんは信頼のおける親友だ、って。秋山先輩って、あまり人を言葉で褒めたりしないんですけど、桐雨さんだけは違って、オレ、いつもすごいなって思っ……」 「ちょ、ちょっと! 今はそんな話してる場合じゃないだろ!」 新米の話は、少し慌てた秋山の声で遮られた。二人がきょとんとした目で見ると、秋山はそっぽを向いて、さっさと署に戻るよううながす。桐雨は得心した顔をし、その顔を見て新米も桐雨が理解したことを悟った。 「……秋山」 「なんだよ」 「今度店に来るときはその後輩も連れてくるといい。私も彼に、私がお前をどれほど大切な友だと思っているのか話してやる」 「……それだけはやめてくれ」 帽子もマスクもつけていない彼が赤面を隠す方法はなく、桐雨と新米は、視線を合わせてくすっと笑った。 |