■希望ヶ峰学園の入学が4月という設定。
■族風紀だけど大和田くん出てきません。
薄曇りの三月。春の一歩手前で踏みとどまっているような天気は、空をのっぺりとした灰色で塗りつぶしていた。乾いた風が頬と心をささくれだたせる。開成灘高校の校庭は、学舎がある辺以外の三辺に桜が植わっており、開花時にはそれは見事な薄桃色で彩られるのだが、今はまだつぼみのようだ。近くによって見れば、灰色がかったピンク色のふくらみを見られるのだろうが、校庭を見渡すかぎりでは、ただただ無彩色の味気ない風景が広がっているだけだった。
休みの学校に用がある者は限られている。人のいないグラウンドは、がらんと空虚をさらけだしているようで、僕は気温よりも光景の寒々しさに肩をすくめた。誰もいない門出。天才たちを打ちのめすためのものとしては、逆にちょうどいいくらいだ。開成灘高生としては最後となる下校を前に、僕の唇は薄く――極々薄く、笑みを作ろうとしていた。
春休み中の学校に僕が来た理由はただひとつ。四月から希望ヶ峰学園に通うことが決定したからだ。お世話になった先生方に挨拶をし、僕はこれまで毎日通ってきた開成灘高校をあとにする。書類上の形式としては、開成灘高校から希望ヶ峰学園に転入という形になる。だからもちろん、卒業証書をいただくことはできなかった。努力の証をもらいそこねてしまったなんて考えるのは卑屈だろうか。
転入が決まったとき、先生方は手放しで喜んでくれた。成功を約束する学園に、我が校随一の天才たる石丸清多夏が入学することは、なんという誉れだろうかと。僕の「超高校級の風紀委員」という肩書も、学業だけでなく全人格が認められた結果だと賛辞を惜しまなかった。善意のみで紡がれた言葉であっても、人を傷つけることがあることを、僕はよく知っている。喉もとにせりあがる苦い塊をぐっと飲みくだし、僕は先生に礼を述べた。せめてもの反抗に「努力の結果です」と、伝えることは忘れなかったが。
僕のこれまでは努力によって踏みかためた道だ。屈指の進学校である開成灘に入学したできたのも、ここでずっと主席をとっていたのも、才能によるものなんかではない。一分一秒を勉強に費やし、努力に努力を重ねた結果なのだ。それを伝えられないことが、僕は悔しくてたまらない。 祖父の件もあってか、僕が凡人であることを理解されることは少ない。皆が僕のことを「天才」とほめそやす。本当は、違うのに。
校門で、グラウンド分だけ遠くなった学び舎を見あげ、僕は押しこめていた塊を嘔吐してしまおうかと思った。だが、胸のあたりでつっかえているのか、舌がざらざらと上顎を舐めるだけだった。
数百人を収容する校舎のなかにも、僕を凡人だとわかってくれる人はいなかった。石丸は自分たちとは違う、なんてひそかに囁かれた言葉を聞いたことは少なくない。感情的な僕が反応を示さないから、彼らは気づかれていないと思っていたようだが、事実は違う。ただ、飲みこんでいただけだ。今と同じように。
希望ヶ峰学園に転入すれば、理解はさらに遠ざかるだろう。希望ヶ峰学園78期生のメンバーはすでにメディアに発表されている。そこで紹介される「超高校級」という言葉は「天才」と同義だった。僕もまた、お茶の間の皆々さまには忌々しい「天才」と思われてしまっているのだろう。
耐えがたい屈辱だ。
ぐっと拳を握りしめる。からっぽの手は入れた分だけの力をのひらにかえすだけだった。
だからこそ、僕は証明しなければならない。僕が努力のみですべてを積みあげてきた凡人だということを。そして、凡人は天才を越えられるのだと。誰に理解されなくてもいい。最後にすべてが証明されれば、それまでの一切は礎となって輝くのだから。
これはひとりの努力なのだ。これからも、これまでも変わりはしない。
凡人にだって孤高を気どるのは許されるだろう。
理解者のひとりもいなかった学舎にきびすを返す。見あげた空はやはり曇っていて、僕の門出を祝福する気は一欠けらもないらしい。それもいいだろう。古来から、天与の才を持つ者は天運に恵まれてきた。凡人たる僕には、天すら味方しないでいい。純粋な僕の努力だけが、僕を真に救う。
薄い薄い笑みをしまって、僕は歩きだす。
はりだした枯れ枝の下をくぐりながら、もし、この孤高を埋められる人物がいたとしたら――なんて、僕に都合のいいを考えを始めてしまっているのは、学舎を後にする感傷のせいだろうか。けれど、もしも。もしも僕を、一目見ただけで理解してくれる人がいたとしたら。
きっと僕は、生涯その人を忘れないだろう。たぶんその人は、僕の努力の礎を完全無比に輝かせてくれる人だ。
了