「それではこれから、ウソをつきましょうか?」
ニコニコした顔で話を切り出したのは、男谷マモル。
行儀作法の勉強からわずかな間でも逃れたくて、今日がエイプリルフールだと話題を振ったのがきっかけだった。
男谷は万里子に「季節の行事に敏感になるのは、悪いことではないですね」と笑って、冒頭の言葉を述べたのだった。
「僕は万里子さんを愛していません」
「あなたなんていなくなってしまえばいいと思っています」
「あなたじゃない人を愛しているんです」
痛烈な言葉を吐きながらも、男谷の顔に浮かぶのはほのぼのとした笑顔。
ウソと宣言したからには、これらの言葉は全部偽りなのだろう。
言葉をひっくり返して、「愛してる」「ずっといてほしい」「あなたを愛しています」と伝えたつもりなのだろうか。
稚拙で仕方ないけれど、お勉強よりはましだ。彼女はテーブルに身を乗り出した。
「じゃあ、今度はあたしの番ね」
「そんなこと言われても、あたしは男谷サンが大好きよ」
「あなたと結婚できるなら死んでもいいわ」
「愛してないなんてありえない」
にぃっと皮肉気な笑顔を浮かべる。
男谷と暮らす数ヵ月のうちに、皮肉なふるまいが身についてしまったようだ。
「大嫌い」「結婚するくらいなら死んでやる」「愛するなんてありえない」
そう伝えたつもりだけど、うまく伝わっただろうか。
対面に座る男谷の面の皮は厚く、一厘たりとも動いていなかった。
笑顔のまま固まった能面のようだ。
その表情を、万里子はどこか悪魔めいていると思った。
「万里子さん、ウソというのは事実とアベコベってわけじゃないんですよ?」
男谷の口から失笑が漏れた。
「でも、事実じゃないってことイコールウソでしょう?」
「その定義に、間違いはありませんが……」
微苦笑が顔中に広がって、男谷はそれをごまかすようにコーヒーカップに口をつけた。
あいまいな否定がうっとうしくて、「なら男谷サンのウソってなんなの」ときつい口調で言ってみた。
「じゃあとびっきりのウソをつきましょう。僕は、これまでウソを言っていません」
そう言って、またとびっきりの笑顔を浮かべる。
わざとらしい言葉に、万里子は声を上げて笑った。
「そりゃとびっきりね! 男谷サンがウソをつかない正直者なんて、考えらんない!」
おなかがよじれそうなのをこらえるためにテーブルを叩くと、冷たい視線で睨まれた。
レッスン中ということを思い出させてしまったらしい。どうやらお勉強の再開のようだ。
テキストを開いて、音読するように指示される。
護衛相手の国の国勢状況のお勉強らしいが、果たしてそれにどんな意味があるのだろう?
そんなことしなくても、ボディガードは勤まるのに。
気のない声で読みだす万里子を、男谷は暗い目で見つめる。
朗読の調子も、ページをめくるしぐさも、【彼女】の体で行われいるのに、【彼女】からは程遠い。
こんなにすぐそばにあるのに、絶対に手に入らない【彼女】を思うと、暴言も飛び出そうものだ。
万里子は男谷の発言をすべて、ウソだと思っているようだが、男谷は一つしかウソを言わなかった。
それに気づかない彼女の愚かさを半ばいとおしみながら、半ばあざけりながら、男谷はひっそりとため息をついた。
了