――二月十四日――
【7000の場合】
「そんなわけでバレンタインだけど、今日も刑事さんはお仕事ですかー。ご苦労様だことだね」
「誰のせいだと思ってんのよ」
「さーて? 善良な一市民の俺には見当もつきませーん」
「はっ。どの口が言ってんだか」
「刑事さんはチョコレート贈ったりしないのかい?」
「あんたまでそんなこと言うの? 男と女がくっつくだのくっつかないだの、義理だの本命だの、ベタベタベタベタ……。こんなイベント、こっちから願いさげよ!」
「おやおや……。あんたもバレンタイン中止してほしい人?」
「バカげたお祭り騒ぎがこれでおさまるんならね」
「フフ……ひどいなぁ。刑事さんは恋する臆病な乙女の敵だね。バレンタインに勇気をだして告白なんてありふれてるのに、そんな恋人たちの始まりも否定するのかい? 刑事さんがそんな冷血だとは思わなかった」
「な、なによそれ。言いがかりじゃない!」
「でも、バレンタイン中止ってそういうことだろ?」
「うぅ……。そ、その……ほ、本当に好きになった奴だけになら、いいんじゃない? その臆病者だって、本気だからチョコレート贈るわけだし……」
「ふーん……。あっ、刑事さんにもそんな人デキルトイイネー」
「なにその棒読み! この泥棒鈍感役者!」
(いんこのバカ。そんなこと言われたら、渡せないじゃない!)
【弐万の場合】
「そういうわけで、チョコレートいただきに参上しました」
「はっ?」
「本当に好きになった人にだけなら、チョコレートプレゼントするんでしょう?」
「どっからかぎつけてきたのよ……」
「ふふふ、秘密です」
「うわ、うざ」
「とにかく、万里子さんがチョコレート贈るのならば……僕以外に渡したくありませんからね」
「ハイハイ。……あのね男谷さん、あたしがいつチョコレート贈るなんて言った? 本命チョコとか義理チョコだとか、プライベートでは一切やりゃしませんから。お気の毒!」
「じゃあその、バッグからのぞいてるリボンはなんなんですか?」
「っ!! いつの間に!?」
「ねぇ万里子さん。僕とあなたの仲じゃないですか……」
「うわっ、耳元で囁くな! 気色悪い! 男谷さんには全然関係ないもんだから!だから覗くな触るな引っぱりだ……うわぁーん!」
「エイチエーピーピーワイ。エスティードット、ブイエーエルイーエヌティーエーアイエヌイー、アポストロフィーエス、ディーエーワイ。……万里子さん、つづり間違ってますよ」
「えっ、嘘!? どこが間違ってるの」
「……これはまた僕の家で勉強しなおしですかね。あの時はマナーの勉強や発音ばかりで、ライティングのほうはノータッチでしたし」
「う、う、う、うるさーいっ! あんたの家なんて二度と行くもんですか」
「じゃあ、つづりのどこが間違ってるかは教えられませんね」
「そんな! 意地悪言わないでよ……」
「なら僕の家に行きましょう」
「それはいや」
「強情だなぁ。まぁでも、僕はいつでもお待ちしてますから。それでは」
「えっ、帰っちゃうわけ?」
「またお会いしましょう」
「こ、この陰険嫌味屋ガリ勉学者ーっ!!」
(僕のような恋する臆病な男にも、バレンタインみたいなイベントがあればいいのに)
(すべてを告白する勇気を、僕にください)
【再び、7000の場合】
「あの野郎、本当に帰っちまった……。どうしよう、このチョコレート」
「ハァーイ、刑事さん。浮かない顔してどうしたのさ」
「あんたは楽しそうでなによりね」
「“生きている間はいきいきとしていなさい。生の歓びは大きいが、自覚ある歓びはよりおおきいのだから”……って、ゲーテの言葉だけどね」
「どっかの女の子からチョコでももらったわけ? 浮かれちゃってさ!」
「そんな安い男じゃないさ。刑事さんこそ、そのリボンがついた袋どうしたの? バレンタインのつづりが間違ってるけど、スケバン刑事に憧れる中学生にもらったとか?」
「……」
「もしかして、男と女がいちゃつくのはダメだけど、女と女がくっつくのはありだとか? 刑事さんってば進歩的だね」
「……うっさい! あることないこと好き勝手言うなっ! なんでもないんだら! なんでも!」
「っ、痛い痛い、刑事さんスカーフ引っぱるのはよしてくれ! マスクひっかくなってば。ぶはっ!」
「それ、あんたにやるから! 勝手にしなさいバカっ!!」
「……あっ、ちょっと、刑事さん!? さすがに走るの早いな、もう見えなくなっちまった……。……はは、ちょっとからかいすぎちまったかな。顔面にチョコレート投げつけるなんて、刑事さんらしいや。ありがたくいただきますかね? つづり間違いのチョコレート。ふふふっ」
(でもさすがにバレンタインのつづり間違えるのは、どうかと思うぜ)
了