ハロウィン2011

( ハロー ハロー )

ハロウィンの日は目を閉じておいで。

耳をふさいで口をつぐんでおいで。

窓の外を見てはいけない。悪魔の後ろを追ってはいけない。

帰れなくなってしまうよ。

( ハロー ハロー )

( ハッピーハロウィン! )



  黒鴉 クロガラス の鳴き声が曇天を裂いた。ふりかえればアレルギーが出るのはわかっていたので、立ち止まってやりすごす。摩天楼の狭間、群衆の中。千里万里子は七色いんこを探していた。
 (あのバカ。今日こそ捕まえてやる……)
 と、決意を新たにしても、敗色は濃厚だ。いんこはすでに変装を終えたらしく、緑色のおかっぱも、銀色のステッキも、視界の内には見あたらない。諦めて、いつもの喫茶店に足が向きかけるが、カラスの鳴き声が眉をひそめさせた。ゲンが悪い。
 (どうしてこんなアレルギーなんだろ)
 自分の体質を恨めしく思うけれど、そう生まれついてしまったのだから仕方がない。亡くなった母もこんな体質だったと聞くが、母はどうやってやりすごしていたのだろう?
 ギャアギャアとカラスがやかましい。10月の最終日、ハロウィンのオレンジとブラックで彩られた街に、凱歌を歌うように旋回している。
 (あ)
 見知った後ろ姿を見た気がした。黒い髪の少年。自信なさげにうつむく姿が嫌で、よく後ろから声をかけた。黒目勝ちなまんまるの瞳をさらに大きくして、それからみるみるうちに笑顔になる。そんな彼を見るのが楽しかった。一歩足を踏み出す。声をかけよう。どうやってかけよう。
 たとえば――


 (久しぶりだね、××くん)


 ――誰?

 いつ見知ったのだろう。いつ声をかけたのだというのだろう。いつ、彼の笑顔を見たというのだろう。
「あた、しは」
 知らない。なにも知らない。後姿を、黒髪を、丸い瞳を、快い笑顔を。あたしは知らない。千里万里子は × × × × を知りえない。


 ……目をつむる。あたしがあたしであるために、致命的なエラーを強制終了させる。追いかけない。あとを追ってはいけない。悪魔の後ろをつけてしまったら、もう、帰ってはこられなくなるから。
 目をあける。少年の後姿はどこにもなかった。ほっと息を吐いて、喫茶店への道を辿ることにする。
 カラスが鳴いていた。
 曇天を裂いて、摩天楼の谷間をぐるぐると飛んでいた。
 万里子の背後に、一枚の黒い羽根が落ちる。
 悪魔のような羽根だった。






2011.10.24up