( ハロー ハロー ) ハロウィンの日は目を閉じておいで。 耳をふさいで口をつぐんでおいで。 窓の外を見てはいけない。悪魔の後ろを追ってはいけない。 帰れなくなってしまうよ。 ( ハロー ハロー ) ( ハッピーハロウィン! ) (あのバカ。今日こそ捕まえてやる……) と、決意を新たにしても、敗色は濃厚だ。いんこはすでに変装を終えたらしく、緑色のおかっぱも、銀色のステッキも、視界の内には見あたらない。諦めて、いつもの喫茶店に足が向きかけるが、カラスの鳴き声が眉をひそめさせた。ゲンが悪い。 (どうしてこんなアレルギーなんだろ) 自分の体質を恨めしく思うけれど、そう生まれついてしまったのだから仕方がない。亡くなった母もこんな体質だったと聞くが、母はどうやってやりすごしていたのだろう? ギャアギャアとカラスがやかましい。10月の最終日、ハロウィンのオレンジとブラックで彩られた街に、凱歌を歌うように旋回している。 (あ) 見知った後ろ姿を見た気がした。黒い髪の少年。自信なさげにうつむく姿が嫌で、よく後ろから声をかけた。黒目勝ちなまんまるの瞳をさらに大きくして、それからみるみるうちに笑顔になる。そんな彼を見るのが楽しかった。一歩足を踏み出す。声をかけよう。どうやってかけよう。 たとえば―― (久しぶりだね、××くん) ――誰? いつ見知ったのだろう。いつ声をかけたのだというのだろう。いつ、彼の笑顔を見たというのだろう。 「あた、しは」 知らない。なにも知らない。後姿を、黒髪を、丸い瞳を、快い笑顔を。あたしは知らない。千里万里子は ……目をつむる。あたしがあたしであるために、致命的なエラーを強制終了させる。追いかけない。あとを追ってはいけない。悪魔の後ろをつけてしまったら、もう、帰ってはこられなくなるから。 目をあける。少年の後姿はどこにもなかった。ほっと息を吐いて、喫茶店への道を辿ることにする。 カラスが鳴いていた。 曇天を裂いて、摩天楼の谷間をぐるぐると飛んでいた。 万里子の背後に、一枚の黒い羽根が落ちる。 悪魔のような羽根だった。 了 2011.10.24up
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