本文


 ( ハロー ハロー )

 ハロウィンの日は目を閉じておいで。

 耳をふさいで口をつぐんでおいで。

 窓の外を見てはいけない。悪魔の後ろを追ってはいけない。

 帰れなくなってしまうよ。

 ( ハロー ハロー )

 ( ハッピーハロウィン! )



  黒鴉 クロガラス の鳴き声が曇天を裂いた。
 ふりかえればアレルギーが出るのはわかっていたので、立ち止まってやりすごす。
 10摩天楼の狭間、群衆の中。
 11千里万里子は七色いんこを探していた。

 12(あのバカ。今日こそ捕まえてやる……)

 13と、決意を新たにしても、敗色は濃厚だ。
 14いんこはすでに変装を終えたらしく、緑色のおかっぱも、銀色のステッキも、視界の内には見あたらない。
 15諦めて、いつもの喫茶店に足が向きかけるが、カラスの鳴き声が眉をひそめさせた。
 16ゲンが悪い。

 17(どうしてこんなアレルギーなんだろ)

 18自分の体質を恨めしく思うけれど、そう生まれついてしまったのだから仕方がない。
 19亡くなった母もこんな体質だったと聞くが、母はどうやってやりすごしていたのだろう?
 20ギャアギャアとカラスがやかましい。
 2110月の最終日、ハロウィンのオレンジとブラックで彩られた街に、凱歌を歌うように旋回している。

 22(あ)

 23見知った後ろ姿を見た気がした。
 24黒い髪の少年。
 25自信なさげにうつむく姿が嫌で、よく後ろから声をかけた。
 26黒目勝ちなまんまるの瞳をさらに大きくして、それからみるみるうちに笑顔になる。
 27そんな彼を見るのが楽しかった。
 28一歩足を踏み出す。
 29声をかけよう。
 30どうやってかけよう。

 31 たとえば――


 32 (久しぶりだね、××くん)


 33――誰?


 34いつ見知ったのだろう。
 35いつ声をかけたのだというのだろう。
 36いつ、彼の笑顔を見たというのだろう。

 37「あた、しは」

 38知らない。
 39なにも知らない。
 40後姿を、黒髪を、丸い瞳を、快い笑顔を。
 41あたしは知らない。
 42千里万里子は × × × × を知りえない。

 43……目をつむる。
 44あたしがあたしであるために、致命的なエラーを強制終了させる。
 45追いかけない。
 46あとを追ってはいけない。
 47悪魔の後ろをつけてしまったら、もう、帰ってはこられなくなるから。


 48目をあける。
 49少年の後姿はどこにもなかった。
 50ほっと息を吐いて、喫茶店への道を辿ることにする。

 51カラスが鳴いていた。

 52曇天を裂いて、摩天楼の谷間をぐるぐると飛んでいた。

 53万里子の背後に、一枚の黒い羽根が落ちる。

 54悪魔のような羽根だった。