おそらくこれらはすべてが嘘だ。
「名前は?」
「七色いんこ」
「年齢」
「いくつに見える?」
「住所」
「不定なんだ。ごめんね刑事さん。俺、ホテル暮らしだからさ。ああ、刑事さんがどーっしても俺の部屋に行きたいってんなら、考えなくもないけどさ」
「電話番号」
「んー、どうしようかな? 俺は刑事さんの知らないしなぁ」
隣の小田原くんが額に青筋を浮かべるのが横目に入った。減らず口をたたき続けるいんこを前に、小田原くんもあたしもよく我慢してると言える。あたしたちの堪忍袋を膨らませる術に長けたこの男は、何がおかしいのかずっとニヤニヤ笑っている。インコと言うよりか、キツネと言うべきだ。鳥のインコは息を吐くように嘘をつかない。
「いんこ……」
あたしはため息をついてかむりを降る。突然尋問を中断した女刑事に、いんこは何を思うだろう。素顔さえ知らない男の本心を読み取るなんて、あたしにはできない。できたとしたら、相当の悪女かエスパーだ。
「あんた、これが警察官による職務質問だって、わかって言ってんの? これ以上ふざけたこと言うんだったら、業務執行妨害でしょっぴくわよ!」
赤色のグラスの下をにらむ。けれど、奴に張りついたニヤニヤ笑いは剥がれやしない。
「そんなにカッカしなくたって。そんなに怒ってちゃかわいい顔が台無しだぜ?」
「かっ……か、かわいいって……!?」
急に沸騰したみたいに、頬が熱くなる。使い古されたベタベタの文句も、こいつが言うとサマになる。一瞬だけふんわり浮いた胸を押さえつける。今は職務中だ。普通の女の子だったら、浮かれたっていいのかもしれないが、あたしは刑事。舐められてはいけない。
「見えすいたお世辞はよしてちょうだい」
「お世辞じゃぁないつもりなんですがねぇ。刑事さん、黙ってりゃかわいいんじゃない?」
「ハッ! 嘘ばっかり!」
こいつが本当のことを言ったためしなんてあるだろうか? どうせあたしをからかって遊んでいるのだ。見かけたから職務質問をしてやったけれど、今日いんこが舞台を踏んだという情報はない。叩かれても埃はでないように、きれいに身づくろいしつあるというわけだ。
まだニヤニヤ笑っている奴に見せつけるように大きなため息をつく。
「もう、いいわよ。小田原くん、確か待ち合わせの時間あとちょっとだったわよね」
あたしたちだって、用もなくうろついていたわけではない。パパからの言いつけで、渡さなければならない重要書類を届けに行く途中だったのだ。相手は忙しいらしく、時間まで指定されている。
小田原くんは戸惑った顔で腕時計を見た。
「え、ええ。確かにそうですが……」
「じゃあ行きましょ。先方を待たせちゃ悪いわ。どうせこいつは嘘しかさえずらないだろうし」
ごきょーりょくありがとーございましたー、と投げやりにいんこに終了を告げる。
「えっ、刑事さん、どういうこと?」
「今日はこれくらいで勘弁してあげるってこと。感謝しなさいよね」
ちょっと目を丸くしたいんこに、ふん、と鼻をならして答える。いいのですか? と問う小田原くんには、さっさて歩き出すことで答える代わりにした。慌てて追いかけてくる足音が小田原くんのともう一つ。
「刑事さん」
振り向けば、ニヤニヤ顔を剥がしたいんこが目に入った。黒の手袋があたしの腕を捕まえる。
「なによ」
「えっ……と」
ジトッと睨めばいんこは言葉に戸惑った。つかんだ手を、つかんだことが不思議だと言いたげに、おそるおそる離していく。
「ああ、その、お仕事頑張ってと思ってさ? 刑事さんもいつも大変そうだし?」
「誰が忙しくさせてんだっての!」
「ハハハ、こりゃ失敬」
仰々しく胸に手をあてお辞儀する。失敬だなんてこれっぽっちも思っちゃいないだろう。
こいつの言うことは、全部嘘なんだから。
「急ぐわよ、小田原くん!」
「了解です。千里刑事どの」
もう振り向きなんてしない。足音が小田原くんのだけだということに安堵しながら、あたしは大股で歩道を急いだ。
嘘だ、嘘だ。あいつの言葉は全部嘘だ。
心に刻みつけるように、口の中何度もつぶやく。
あいつがあたしをかわいいと思うなんて、嘘に決まってる。あたしがあいつにかわいく見えるなんて、嘘に決まってる。
繰り返す呪文は、心にしかきいてくれないらしい。沸騰した頬はまだ冷めないようで、熱は耳まで伝わった。
了