その日の空は、乾ききった油絵具のようだった。
蒼穹はパリパリと薄い蒼を何枚も重ねて、冬空を構築している。たなびく白雲はガーゼのようで、ありし日の彼の傷を思わせた。
乾いた風が頬を撫でる。どうやら雪は降りそうにもないが、からっ風は止まらないようだ。コートの裾を撫でた風は、道端の落ち葉を舞いあげて渦を作っていた。
裸の街路樹が並ぶ道を、少年は二人つれそって歩く。
「いくら鍋だからって、買いこみすぎじゃない?」
「そう? 鍋ならこれくらい必要でしょ」
そうかな……と一人が唇をとがらせる。年齢に対してあまりに多すぎる
対する少年は余裕げな笑みを絶やさない。
「だって僕ら、育ち盛りの男子だよ? いわゆる食べ盛りってやつじゃん。食べ盛りの息子を持つと、冷蔵庫がすぐに空っぽになるって、主婦は大変なんだってさ。黒男だって、足りないよりか、余った方がいいだろ」
「けど、だからといってこれはさー」
不満気な表情を隠しもせず、黒男は両手を前につきだす。傷跡が残る手がつかむのは二つの買い物袋。
ぱんぱんにふくらんだビニールからは、ネギが飛びだしてぴょこぴょこゆれている。荷物を持っているのは彼だけではなかった。同じようにふくらんだ袋を両手に持って、間久部は軽快にステップを踏んでいた。
「豚肉5パックに、牛肉6パック。長ネギ4本に白菜2個、卵も2パックで豆腐は3パック。人参としらたきは2袋ずつでしょ? しいたけなんか2袋だし、春菊にいたっては1袋しか買ってないんだよ!」
「……絶対買いすぎだって」
買った物を挙げるたびに、軽やかな足が一歩前に進む。口笛でも吹きだしそうな間久部に、黒男はやれやれと溜息をついた。
二人で鍋をつつくなんて初めてのことだから、勝手がわからない。失敗してマズい代物ができあがったとしても、食べるのは自分たちだけだというのに。いい気なものだ。
それを告げれば間久部はきっと、それもいわゆる青春の思い出ってやつになるじゃないとかなんとか言いだすのだろう。口のうまさではかなわないから、きっと自分は言いくるめられて、笑ってしまうのだ。
けれどそんなふうに笑うのは嫌じゃなかった。
間久部と一緒に時間を過ごして、いわゆる普通の思い出ってやつを増やしていくことは、彼にとってとても、大切なことだった。
買い物袋を大きくゆらしてみる。ネギが首をふって、そうそうと頷いてくれているようだった。
ふと、黒男は足を止める。
「ねぇ間久部。ぼく、気がついたんだけど」
なあに? と小首を傾げる間久部に、彼は神妙なおももちで言葉をついだ。
「鍋って、ダシがいるんじゃない?」
間久部の眉間にしわが一本。
二本、三本と増えて、ようやく両目を丸くした。
「あ!」
まんまるい口がテノールの感嘆符を響かせた。
肩をすくめると、鏡のように間久部も肩をちぢませる。
「買いに戻らなきゃだね」
「そうだね黒男」
「うん!」
ぱたぱたと軽い足音をたてながら、二人は来た道を駆けていった。道端の落ち葉が、二人がまとう風で舞いあがる。コートの裾がはためいて、化繊の裏地がぺかぺか光った。
寒風が空を渡り、蒼穹はいっそう乾きを増す。けれど二人の間に風が吹くことはないようだった。
了