理不尽アンコール

■モブ視点注意



「リテイクーーーー!?」

 知らせを受けた彼の第一声は、不満を隠そうともしていなかった。
 人気スターの眉間に刻まれた皺に、スタッフは思わず身を縮こませる。もたれていたチェアーから身を起こして、彼――楽屋で休憩中だったロック・ホームは腕を組んで詰問のポーズをとった。
「で、どのシーンを撮りなおすって? シーン13と52……それからシーン72あたりも難しい顔してたけど、そのあたりかい?」
 声音から苛立ちは消えていない。だが、さっと立ちあがってサングラスを手にとるあたり、彼と監督のつきあいが長いのを物語っていた。どんな不満を言ったところで、監督がノーを言ったら、それを覆すことはできないと骨身にしみているのだろう。彼より前に撮り直しを伝えた役者は、ずいぶん長いことブツブツ文句を言っていた。
 まったく嫌になっちゃうね、とうそぶくロックの顔は険しいが、フットワークはあくまで軽い。長年第一線に立つプロというものは皆こうなのだろうかと思いながら、スタッフは彼の問いに答えた。
「いえ、シーンの指定はないんです」
「どういうことだい?」
「全面リテイク……撮り直しです」
「は?」
 息をのむ彼に、新しく刷られた脚本を手渡す。ストーリーはおろか、タイトルも設定も変更されたそれを勢いよくめくって、彼は深い深いため息をついた。
「前に撮ったシーンを少しは使うみたいだけど、新しく撮らなきゃならないシーンばっかりじゃないか」
「はい」
「これじゃフィルムはほとんどがお蔵入りだ。なんてことだい」
「仰るとおりで」
「手塚先生のリテイクはいつものことだけどさ、こんなに撮りなおさなきゃならないほど悪かったかな……。僕はあの話、けっこう気にいってるんだけど」
 肩を落として、彼はかむりをふる。たれさがった手のなかで丸まった脚本がぶらんと揺れた。
 今回ロックが出演した話は、シリーズ物のある一話だった。ミステリアスな主人公の過去にかかわる重要な役どころだったのだが、新しい脚本ではかなりの改変が行われている。ロックの役に受ける印象も、根底から変わってしまうだろう。
 スタッフはそっと口を開いた。言うべきかどうか悩んだが、遅かれ早かれ伝わることだろう。
「いえ、このリテイクは……きっと、手塚先生の本意では、ないでしょう」
 ロックの肩がぴくりと跳ねる。怪訝そうな目を受け止めて、スタッフはリテイクの理由を語った。改変されたのはストーリーの問題ではなく、抗議を受けたためだということ。監督自身、役者たちの演技に文句をつける気はいっさいなさそうであったこと。机に向かって脚本を書きなおす背中が、ひどく丸くなっていたこと。
「そう……か」
 ロックの瞳がサングラスで隠される。閉じた唇に自ら触れて、顔をそむける。
 彼と監督のつきあいは長い。まだ監督が駆けだしだったころから、そして彼が子どもだったころから、ずっと続いている。彼だけが察せるものもあるのだろう。沈黙に触れることすらできずに、スタッフもまた口を閉じた。

「行こう。もう一度、彼のために演じよう」

 唇から指を離して、ロック・ホームは微笑んだ。長い沈黙の後に導かれた答えは、彼をリテイクの舞台にあげることになったらしい。演技ではない微笑に、スタッフもつられて笑ってしまう。
「笑ってる場合じゃないぜ? 納期まで間がないんだ。きっと今日も先生は鬼気せまってるぞ」
 すれ違いざまにとん、と肩を叩かれる。
 はっとしてふりむけば、彼はもうドアノブに手をかけて開いていた。なんとも軽いフットワーク。スタッフは慌てて彼の背を追った。

2012.06.09up

ろったんろったんろったんろったんろったんろったn

6/9に行われたぽぽぎりさん宅のロック絵茶でこそこそと書いていた産物。
「指」と「刻印」に想いを馳せつつ、ごにょごにょと。
(リンク繋2012.06.17)