■注意
■七夕パロディ
■恋愛は含みませんが、ロックといんこが夫婦関係にあります。
むかしむかしのお話です。
天の世界の神様である天帝には、一人の男の娘がおりました。
織姫といいますが、みんなからはロックと呼ばれておりました。
裸ネクタイで世間を闊歩したり、鞭を持って人狼を追いかけまわしたりと、生きざまがとってもロックだったのです。
しかしそんなロックも男の娘。
年頃になると輝かんばかりの美しさを持ち、見た者に「こんなにかわいいこが女の子のはずがない」と口走らせるまでになりました。
気立ても良く見えますし、機織りもとっても上手になりました。
ですが、どういうことだか婿のきてはおりません。
いいえ、織姫と結婚したいと言う男はとてもたくさんいるのです。
神様はそこから優秀な人物を選んで、ロックに紹介しました。しかし、どういうことだかその男たちは、数時間後には平身低頭して辞退を願い出るのです。
神様が何故と尋ねても、皆一様に口を開かず、ただただやめてくれと言うだけです。
神様は悩んで悩んで、とうとうロックに自分で婿を選ばせることにしました。
「お父様、ぼくはこの人を婿にしたいと思います」
と、ロックが連れてきたのは、天の川のほとりで芝居をしている七色いんこという牽牛でした。
いんこは素顔を見せず、赤いサングラスをかけ、緑色のおかっぱのカツラをかぶっています。
神様が命じても、けっして素顔を見せようとはしません。
いったいどうしてこんな青年にしたのかと問えば、
「だって、天の世界のなかではこいつが一番チョろそ……ではなくて、ちょっとクールでとってもミステリアスで、ぼく、一目ぼれしてしまったの」
なんて、頬を赤らめてのたまいます。
ロックがいいのならば、それでもよかろうと、神様は二人を結婚させることにしました。
こうしてめでたく夫婦となった二人でしたが、大変なのはそのあとでした。
どういうことだかわかりませんが、いんこの元には次々と災難がふりかかるようになったのです。
牛を散歩に連れていけば、いきなり暴れだして蹴り倒されそうになりますし、舞台に上がってみれば、照明が落ちてきて危うく下敷きになるところでしたし、人には言えない本業に勤しんでみれば、こわーいおじさんの財布をすってしまって、とんでもない事態に巻き込まれてしまいましたし、ロックと結婚してからロクなことがありません。
「なあロックさんや、あんたの旦那っていう役を引き受けたのはいいですがね、この代役、どうにも俺には荷が勝ちすぎるようだ」
ある晩のことでした。いんこは夕食をとりながらロックに愚痴をこぼします。ロックはにやにやと、いんこを見ながら笑っていました。
「どうかなぁ。根をあげるのには早いんじゃない?」
いんこは顔をしかめたまま、スープを口に運びます。今日はいつもと違った味がしました。ロックは気立てのいい織姫ですから、落ちこんでいるいんこを励まそうとしたのかもしれません。
「このアクシデントは尋常じゃない。あんた、なんか知ってるんじゃないか? だいたい、代役と言たって、本当の役者……あんたの恋人とやらは、いつ姿を現すんだ? もう何日もたつが、影も形も見えやしねえ」
いんこはため息をついて首をふります。
結婚する前、いんこはロックからこんな話を聞いていたのでした。
もともとロックにはとっても好きな恋人がおりました。けれども、父の神様はそれを知らずに、ロックを他の人と結婚させようとするのです。知恵と工夫でなんとかしのいでおりましたが、埒が明かないので、いんこと偽装結婚することにしたのです。
いんことの結婚は、恋人がやってくるまでという契約なのでしたが、いんこにはどうにも様子がおかしく思えるのでした。ロックから恋人の具体的な話を聞いたことはありませんし、夫婦なので二十四時間一緒にいますが、ロックの顔は、とても恋する者のそれではありません。
「……恋人なら、もうとうの昔におまえの前に姿を現しているよ。ただ、お前はそれが見えていないだけさ」
ロックの頬笑みに、いんこの背にぞくりと悪寒が走ります。指の先がびくびく痙攣したように思えました。
「ぼくがただの男を恋人にすると思ったか? ぼくの恋人はこの天の世界そのものだ。満点の星に彩られたこの世界は、ぼくが君臨するのにふさわしい。だが憎らしいことに、織姫は天帝の座につけないことになっている。その夫が天帝になるのだと。それが古くからの決まりごとだと。だったらぼくはその決めごとをくぐりぬけよう。ぼくは男を娶る。そしてその男を天帝にする。そこまではいい。ならばそのあと、夫になりかわり、天帝の座につこうじゃないか。……いんこ、お前がかたくなに素顔を見せないことは、ぼくにとってとても、都合が良かったんだよ」
細い指がいんこのあごをなぞります。逃げなくては。逃げなくてはならないと思うのですが、いんこの足はピクリとも動きません。手だけが小刻みに痙攣します。これは恐怖のためか、それとも――
「どうしてぼくがそんな話をしたのかって、思ってるんだろう? それはもちろん、天帝の座につく算段がついたからに決まってるだろ。計画の成功の前にネタバラしをするやつはいない。いんこ、気がつくのが遅すぎるんだよ、君は」
指先の痙攣は今や腕にまで及んでいます。匙がカランと音をたてて、床を転がっていきました。
スープの味がいつもと違ったのは、ロックが腕によりをかけたからではないようです。
「ああ、いんこ。ひとつだけ誇るといい。君は確かにこのぼく、織姫の寵を受けた。素顔を見せないというただ一点だけだが――それでも幾人の男が求めてやまなかった織姫の寵愛を受けたということだけは、黄泉の暮らしで胸を張れるだろう。せいぜい楽しむといいさ」
いんこを黄泉路へ送るロックの微笑は、とても酷薄なものでした。
――――――――――
スープに入っていた毒物は、致死量に限りなく近かったのですが、必死で吐き出したために、いんこは九死に一生を得ることができました。
その足でいんこは神様の元へ離婚させてもらうように訴えに行ったのですが、織姫が離婚なんてとてもとてもできたことではありません。このままじゃ織姫に殺される! と必死に訴えた結果、神様は二人を天の川の東と西の両側で別れ別れに暮らさせることにしました。
けれども、暗殺のチャンスを失って、悲しみにくれる織姫の姿を不憫に思って、神様は一年に一度、七夕の日にだけ、二人を再会させることにしたのです。
ロックはそれを楽しみに一年を過ごし、いんこは七夕以外は命を狙われないと知って、大層ほっとしたそうです。
それから今までずーっと、ロックはいんこの命を狙い、いんこはロックから逃げ続けているそうです。
七月七日に降る雨は、いんことロックの血の雨なのです。
めでたしめでたし。