■注意
■刑事さん男体化
■らんま1/2のパロディ
「最近、妙な女につけられてる気がする」
と、額に青線を浮かべて言いだしたのは、ここのところ劇場に出ずっぱりの泥棒役者、七色いんこ。緑色のおかっぱに赤いグラスの入ったマスクなんて扮装の彼のほうが一般的には「妙な男」である気がするが、外観の判断さは主観に大きく左右される。彼が奇妙と言うのなら、奇妙なのだろう。おそらく。
「……妙ってなんだよ」
と、万里雄は投げやりに応えてみた。水色のとっくりに、いんこほどではないが肩につく長髪。整った顔だちに、生来のものであろう長い睫毛が彼の瞳を大きく見せているが、全体の雰囲気がどこかしまらない。着古して形の崩れたジャケットが彼の外見上の魅力を大きく損なっていた。徹夜で麻雀を打っていた大学生のような散漫な懈怠が薄く積もっているように見える。
しかし、本来の彼は警視庁捜査二課所属の、そこそこに腕の立つ刑事である。劇場荒らし七色いんこの担当を任されているのはそれを見こまれてなのかどうか。少なくとも彼自身はそう考えていないが、与えられた職務はまっとうにこなすつもりである。
尻尾を出さないおかっぱ相手に、喫茶店で誘導尋問するのも刑事の役目だろう。テーブルに肘をついて、顔を手の甲にのせ、深刻に悩む男を演じる役者に顎をしゃくって、続きを話すように促す。
「じゃあ刑事さん聞いてくれる? その女はね、顔は……まぁ……別嬪さんなんだ。スタイルも申し分ない。あの巨乳っぷりは、おっぱいが人類の宝だと再認識するに余りあるね。もし肩コリで悩んでいるなら、今すぐ俺に相談してほしい。全力で支えてあげたい」
「おい」
ぐっ、と拳を握りしめるいんこに、万里雄は冷ややかな視線を飛ばす。おっかけ自慢なら聞かねぇぞ、と牽制すると、いんこは焦った顔でかむりをふった。
「ああ、ごめんごめん悪かった。刑事さんとこ女っ気なかったんだっけ」
「うるせえ。てめぇには関係ねえだろが」
「ま、ま、ま。そんなに怒んないでよ。まぁそのおっぱいが素敵な女なんだけど、そんなに可愛い割には無頓着な服着ててさ、歩き方もガニマタで、それこそ刑事さんみたいにギラギラした目で、電柱の陰から俺をつけてるわけ。しかもその女、時々びしょぬれなの。なんなんだと思う?」
「しっ、しらねーよ。だいたい本当にそんな女なんているのか? 自意識過剰なんじゃねぇの?」
あーあ! 役者ってやつはやだね、誰もが自分を見てると思ってやがる! なんて大声で呆れながら、万里雄は両手を広げる。肩を上下させて、いつもよりよりもずっと大げさなジェスチャーをとるが、それにどうこう言うようないんこではなかった。
「っていうかね、なんとなーくあんたに似てるような気もするんだよね」
「な! ななな、なに言ってやがる!」
「歩き方といい、顔の感じといい。ああ、それと睫毛の長さとか。それとびっしょびしょのまま尾行するアグレッシブなとこなんか、ほんと、あんた本人みたいだ。実はさ、親戚にいたりしない? あんたに似た巨乳」
「そんな女、居るわけねぇだろ!」
店全体に響き渡るような怒声を出して、万里雄は勢いよく立ちあがった。感情のままに大きく腕を振りまわしたものだから、冷やを運ぶために近くを歩いていた店員のトレーを盛大にひっくり返してしまった。
グラスが宙を舞い、中身の水が彼の頭上に透明な幕を作る。
しかしそれも一瞬のこと。
引力に従って、水は彼の全身にふりかかった。プラスチック製のグラスがカランカランと床を転がっていった。
「う……わっ……!」
うずくまった千里刑事を横目に、いんこはグラスを拾う。テーブルの下を覗きこむと、肩を抱いて身を縮こませている千里がいた。
「おいおい刑事さん、なにやってんだ」
と、椅子を立って彼の肩に手をかけてみれば。
「なにすんのよ! いんこの馬鹿ぁ!」
「……っ!?!?」
パーッン! と、小気味良い音。頬に衝撃を感じるものの、痛みがやってくるまではまだ遠い。先ほどよりもいくつかオクターブの高い声でいんこを打った千里刑事は、やんぬるかな。いんこが話していた「妙な女」そのものであった。
「え。えっ? え。えぇ? け、いじ、さん……?」
「うるさい! うるさい! バカバカバカバカ!!!!」
彼女がバカと言うたびに、いんこの頬へビンタが走る。けれども頬の赤さは、打たれた役者のそれより、刑事のほうがずっと濃い色だった。
「いんこの大馬鹿野郎ーーーーっ!」
とどめにスパーンと両手で両頬を打って、千里刑事は走っていった。それでも刑事のプライドなのか、頼んでいたコーヒー分だけの小銭はいんこに投げつけて去っていく。
鼻の頭に小銭がぶつかって、じわりと赤くなっても、いんこは呆然と立ち尽くしていた。
「え……。なに。今の。なんなの? まじで」
万里雄が大陸奥地の秘湯に入った呪いで、水を浴びると女の子になっちゃうとか、千里のお父さんがパンダになっちゃうとか、もろもろの設定をいんこが知るのは後日のことだったが、人類の宝を支えようとして千里に半殺しにあったことだけは、今ここで特筆しておくべきことであろう。
了