不意に目が覚めるとまだ深夜で、了は寝台の上で目をしばたかせた。
どうやらカーテンが閉じきっていなかったらしい。群青の垂れ幕から、一条の月光が射しこんでいた。おそらくそれが目蓋にあたったのだろう。瞳を開いてみたものの、動き出す気にもなれなくて、了は睡魔が再度訪れるのを待った。月光は仄かに青白い。深夜の怜悧な月に照らされると、見慣れた自室もどこか他所向けの顔をしているようだった。
――起きてんのか
不意に、空気を震わせない声が聞こえた。あいつだ。リングに宿る盗賊の魂。
姿を見せなくても声を届けることはできるらしい。まあね、と心のうちで答える。バクラは納得したのか、返答はなかった。代わりに、実体を持たない半透明な姿を浮かびあがらせた。
(まるきり幽霊だよね)
千年アイテムの事情を知らないものが見たら、きっとそう思うに違いない。
――……っるせぇな、さっさと寝ろよ。
心の呟きが聞こえてしまったらしい。こういう時、二心同体は不便だ。
(珍しいね、お前がぼくの心配をしてくれるなんて)
――大事な宿主さまに何かあってあらじゃ遅ぇからな。
ハハッ、とせせら笑うような失笑が聞こえた。
この邪悪な魂が気を回すのは、あくまで自分の都合だけだ。そんなこと、分かりきっていたはずなのに、愚かな問いをしてしまった自分が虚しい。
おやすみ! と叩きつけて、布団にもぐりこんだ。
――宿主?
ちょっと気づかわしげな声で、バクラが呼びかける。
今更機嫌をとろうとしたって手遅れだ。本心から出たものじゃないってことぐらい、子供にだってわかるだろう。
――宿主。
――宿主、宿主?
――おい、聞いてんのか。宿主!
無視してやる。わざとらしい寝息をスースーたてると、困惑した雰囲気が伝わってきた。
室内にまた静寂が訪れる。もっとも、両者とも音声は出していなかったので、テレパシストでもない限り、静寂の違いを聞き分けるのは至難の技だろうが。
ただ、二回目の静寂はやけに気まずい沈黙を宿していた。
――本当に寝ちまったのか?
はっきりと伝えられたわけではない。リングから伝わった微かなクエスチョンの気配を感じとってしまっただけだ。
だが、それだけに思いは真実だったろう。心の内の発話まで、偽る必要などない。
一人
こっそりと頭を出すと、すぐ側に自分を真似た顔があった。動揺なんて微塵も感じられない、無表情ともいえる顔をして、了をのぞきこんでいる。
「なっ、なに見てるの!」
思わず叫んでしまった。
動揺した姿をまた笑われるかと思ったが、予想に反して、バクラは唇をおかしそうに歪めただけだった。
――早く寝ろよ。
触れられない手が額を撫でる。冷たい月光が透けて、繊手は雲母のように薄く輝いて見えた。
もともと半透明なバクラが月光に照らされると、より現実感を失う。輪郭線上にちりちりと浮かびあがった産毛がキラキラ光っていた。
感触はないはずなのに、撫でられているうちに眠たくなる。だいぶ長いこと寝たふりをしていたせいだろうか。睡魔はすぐそこにまで迫っていた。
徐々に狭まってゆく視界の中で、キラキラと輝く月光だけが冷たく了の網膜に焼きついた。
(きれいだな……)
自分の顔かたちであることは十分承知しているが、だから美しいと思ってはいけないなんてことはないだろう。
(けど)
月はゆっくりと沈み、やがて夜はあけるだろう。太陽に照らされたバクラの存在は、ただただ希薄なだけだ。
(儚い、よね)
自分よりもずっと強大な力を持つはずのバクラに、なぜそう思ったのだろう。
自答を虚空に投げたまま、了は襲いくる睡魔に身をゆだねた。
(たとえば死者の頬を撫でる月光のように幽く仄かな――――)
了