――――王を殺せ――――
――――復讐こそ貴様の使命――――
――――クル・エルナを忘れるな――――
千年リングの暗闇を漂っていると、時折盗賊の記憶がバクラの脳裏をよぎる。
それは大概、亡霊どもの呪いの声だ。
ほかの声はない。ただただ、唱え続けられる呪詛を聞いている。
砂塵を渡る風の声や、市場の喧騒、殺した者たちの阿鼻叫喚。
盗賊が生きていたころ、確かにそんな声も聞いたはずだろう。
むしろ亡霊どもの声など、鬱陶しく思っていたはずだ。
なのに三千年後の今、人らしい記憶は蘇ってこない。
「うるせぇよ……」
脳裏。それこそ亡霊のノイズは大脳と頭蓋骨の間で爆ぜていそうだ。
暗黒と盗賊の魂を混ぜ合わせて産まれた彼は、いつになればあの夜の惨劇から解放されるのだろう。
暗闇の中、バクラは両手で頭を掻きむしる。
古代エジプトより続くゲームに決着をつけるため、盗賊はいずれ重要な駒になる。
どんなに苛立たしいものであっても、切り捨てるわけにはいかなかった。
「うるせえっつってんだろが!」
闇の中に、誰に届くでもない叫び声を上げる。
果たしてこの亡霊の声は、本当に盗賊の記憶でしかないのだろうか。
今も浅ましく現世にこびりついている霊たちの嘆きではないのだろうか。
そもそもここにいる自分は、盗賊の魂を「継いだ」存在なのだろうか。
もしかすると、盗賊の魂そのものであり、いずれ使い捨てられる駒の一つ――
「馬鹿な……そんなことあるはずねぇ」
よぎった仮定に身を震わせ、バクラは頭を抱えたままうずくまる。
どんなに震えようと、どんなに叫ぼうと、バクラの声は届かない。
ふと、宿主の姿が浮かんだ。
マリクの洗脳やたび重なる記憶の喪失のために、心を壊していった繊細な少年。
バクラのことなど、もう覚えてはいまい。
「――は」
バクラの口に歪んだ笑みが浮かぶ。
亡霊どもはまだ幸せだ。
呪詛を届ける人間がいる。声を聞いてくれる相手がいる。
暗闇の中、うずくまったまま、バクラは低く低く笑い続けていた。
了