023:穏やかなキスのあとで

 空は夜明け前が一番暗い。
 永遠に明けないような顔をして、黒の緞帳をひいたままだ。透明な光を放つ星々のまん中に、痩せた月がぽっかりと浮かんでいた。
 薄ら寒い月のかんばせが見つめるのは、王宮の牢獄。天を渡る月の眼は、鉄柵などでは阻めない。月影は獄中の二人を照らし、淡い影を作る。男の影と、女の影。二つはある一点で重なりあって、ひとつの大きなシルエットを作っていた。
 どのくらいそうしていたのだろう。
 セトはキサラから唇を離し、彼女の青い瞳を見つめた。長いくちづけのせいで青色は溶けるようにゆるみ、頬は薄い桃色に染まっている。小さく開いた口から湿った吐息が漏れていた。
「どうしてですか」
 月光に照らされて、キサラの唇はてらてらと赤い。セトには見えていないだけで、本当は吐息さえ薄く色づいているのではないかと思った。
「なにがだ」
「私のような罪人に、このようなお戯れ」
 言葉を続けようとする口に、セトは自らの指先をのせる。神官にしては武骨な指が、彼女の口を閉じさせた。
 けれどもけれどもそれが答の代わりになるはずもない。青い双眸がクエスチョンを抱えたまま、セトの顔を見つめていた。
 その瞳ごといだくように、セトは両手でキサラの頬を包んだ。決して小さくはないけれど、華奢な頭蓋は彼の手のうちに収まってしまう。
 セトの温度のない視線は、今まで自身が口づけていた箇所にとどまっていた。褐色の親指で、濡れた口唇をゆっくりとなぞる。しっとりと柔らかな感触が伝わる。唇で触れた時と、寸分変わらない。
「ここは赤いのだな」
「え?」
 意味がわからずまばたきするキサラに、セトはまたも答えない。代わりに、無表情のまま告げた。
「勘違いするな。戯れではない」
 それが先ほどの答だと、キサラが理解する前に、セトは二度目のキスをしていた。

2011.08.11up