028:届くことのないブランケット

 男谷さんがリビングで死んでいた。


 ――のならば、どれだけ良かっただろうかと思う。性格には、男谷さんがリビングで死んだように眠っていた。
 いつもご飯を食べるテーブルにつっぷして、男谷さんは寝息を立てている。片手を枕にして、もう片方を放りだしてるところなんか、態度の悪い学生みたいだ。学者の男谷さんは授業中に居眠りなんかしなかったろうけど、安らかに上下する肩は熟睡してるのが良くわかる。お風呂から出てきたあたしが隣に立っても、起きる様子はない。

 さて、どうするか。

 あたしが思いついた選択肢は三つ。
 ひとつ、叩き起こしてベットに放りこむ。
 ふたつ、このまま放置して風邪をひくのを神様にお祈り。
 みっつ――これは、考えるだけで口がへの字に曲がった。毛布をとってきて、かけてあげるなんて、甘い甘い、甘すぎて虫歯になりそうな選択肢。
「うわぁー」
 砂糖が多すぎて気持ち悪い生クリームを吐きだすみたいに声をこぼす。そんな選択肢をとるなんて、まるで恋人同士みたいじゃないか。
 あたしと男谷さんは、断じてそんな関係ではない。ただのサディスティックな教育者と、哀れなその生徒だ。絶対に、何があろうと、どうやったって、逆立ちしたって、どうしても、世界が滅んでも、そんな関係になることはない。
 マナーの授業はあたしの頭をおかしくしてしまったのだ。こんな選択肢を思いつくのがどうかしている。ありえない。ありえない。ありえない。
 ぶんぶん頭をふって、三番目の選択肢をほっぽりだす。なんだか急に顔が熱いのは、きっと頭をふりすぎたせいだ。決して、毛布に気づいた男谷さんの微笑みを想像してしまったからではない。

 あたしは大きく息を吸って、一番目の選択肢をとることに決めた。

「起きやがれ!! 男谷マモルーーーーーっ!!!!」





 目を覚ました男谷さんに「レディは大声など出さないものです」と叱られたのは、言うまでもないだろう。

2011.07.25up