「グッモーニン! 明けましておめでとう、今年もよろしくだぞっ! 兄弟! 不二咲くん!」
「おう、よろしくな」
「えへへ、明けましておめでとう。今年もよろしくねぇ」
新年の挨拶を交わす三人は去年と同じく仲睦まじい。常のように石丸が暑苦しく音頭をとり、それを深いふところで受けとめる大和田。二人のやりとりをニコニコと見つめている不二咲。
「早速だが兄弟、不二咲君、書き初めは終わったかね? 無論僕は書き終えた! 見たまえっ!」
とりだしたるは一枚の半紙。ピシリと折りたたまれたそれを開くと、墨痕淋漓とした字で「質実剛健」とある。
「石丸くんの座右の銘だね!」
「おめー、字うめぇな」
「はっはっは! そうだろうそうだろう」
得意な顔でひとしきり笑うと、石丸は真剣な顔になって不二咲を指さした。
「次は不二咲くん! どうかね!?」
「えっと、二人とも見てくれる…?」
小さな手で半紙を伸ばすと「日々是精進」という言葉が読みとれた。筆圧は弱く、言葉に対しては弱々しい筆の跡ではあったが、まっすぐに並んだ文字は見た者に凛とした気配を感じさせた。
「あのね、大和田くんに手伝ってもらって、今までよりは強くなれたと思うんだぁ。でも、まだまだなんだ。もっと強くなりたいし、きっともっと強くなれるって思うんだ。だから、今年はこれまで以上に頑張ろうと思って!」
両手を握って宣言する不二咲に、石丸は感動を隠さない。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ不二咲くんっ! 新年早々、こんなにも胸が熱くなるとは思わなかった! 不二咲くん、君の努力は必ず報われる! 僕も及ばずながらサポートするからなっ!」
石丸はいつものように滂沱の涙を流し、汗と唾を散らしながら大声を出す。慣れているのだろう。不二咲は普段の笑顔のままだったし、大和田は赤子でもあやすかのように石丸の背中をぽんぽんと叩く。
「不二咲、兄弟の言うとおりだと思うぜ。トレーニング始めた頃に比べりゃ、だいぶ体力も筋力もついてきただろ。おめぇも根性あるやつだから、ぜってー強くなれっからよ」
石丸とは対照的に、大和田はとつとつと語った。しかし、こめられている熱量は同じくらいなのだろう。拳を握った腕を折り曲げたままさしだす。小さなガッツポーズをしているような姿勢に、不二咲はピンとくるものがあった。大和田と同じように拳を作り、腕を曲げ、大和田の腕にがっちり組ませる。
「えへへ、ありがとう! 強く……なるからね!」
「うおおおおお! 僕たちの友情は今年も熱く燃えさかっているぞ!」
二人の拳を両手で握って、石丸は声をはりあげた。さすがにここまでは予想外だったのだろう。激情家の彼が気がつかないうちに、大和田と不二咲は顔を見合わせた。
「最後に兄弟、見せてもらえるかね?」
落ち着きを取り戻して、石丸は大和田を指名した。先に二人が見せていたからか、思いのほか素直に大和田は半紙を取りだす。うなじを掻いてそっぽをむきながらも、半紙に記した思いの丈を語り始めた。
「俺は……お前らほど頭良くねぇからよ。他人から見りゃ、なにやってんだって思われるかもしんねーけど、俺は俺のやりてぇことをやりてぇようにやるしかねぇ。だから、俺はこういうことしか書けなかった」
少しシワのよった半紙に、男らしく勢いのある字。彼らしい書き初めは「日本一の旅」と書かれていた。
「やっぱりよ、やるからにはテッペン極めねぇとな。これまでもそうだったし、俺はこれからも暮威慈畏大亜紋土を日本一にしてやんだ」
ぐっ、と唇を引き締めて大和田は言葉を紡ぐのをやめた。自分のチームを日本一にする。大和田にとっては大切なことだが、果たして眼前の超高校級の風紀委員に受け入れられるのか。
己の肩書きをめぐって二人が衝突してきたのは一度や二度ではない。今でこそ義兄弟の契りを結んでいるが、この書き初めは新年早々二人の間に大波乱をもたらしかねないものだった。大和田が石丸をうかがうと、彼はうつむいて肩を震わせている。
「兄弟……おめぇ」
怒ったのか、と続けようとしたところに、石丸はがばりと顔をあげた。開いた両目からぼろぼろと涙が落ちていく。
「ぼ、くっ……は!」
ズズッと鼻をすする音をさせてから、石丸は大和田の胸元をつかんだ。頭一つ分ほどの身長差をもろともせず、大和田を見あげて口を開く。
「僕は嬉しい! 嬉しいぞ兄弟! 兄弟がこんなにも建設的なことを書き初めに書いてくるなんて! 想像だにしなかった。こんなにも嬉しいことがあるだろうか!?」
「お、おう?」
「確かに、君が言う日本一とは定義するのが難しいかもしれない。なにをもって一番とするのか、明確なところは示していないし、目標とするにはあまりに抽象的だ。しかし! 目標設定が甘いからといって君の心意気を無下にしていいものか!? 僕はっ、僕は、そんなことしない! 他の誰にも兄弟の書き初めを笑わせはしない! だって僕は本当に嬉しいんだ! 君がっ、兄弟が、こんなにも……ううっ、立派に、なって……」
おいおいと泣き続ける石丸に、大和田は困惑の表情を作る。いったいなにが石丸の琴線に触れたのだろうか。大和田にはさっぱりわからなかったが、石丸の言っていることがわからないのはこれが初めてのことではない。
「ありがとよ、兄弟……」
だが、どうやら喜んでいることには違いあるまい。そのまま彼が落ち着くのを待つことにした。ぽんぽん、と背中を叩きながら、石丸が泣くに任せる。
そしてこの場にはもう一人、困っている人間がいた。不二咲千尋、この超高校級のプログラマーは二人の食い違いをこれ以上なく正確に把握していた。
大和田は書き初めに「日本一の族」と書いたつもりなのだろう。彼の肩書き通りに、今年も日本一の暴走族として走り続けたいと願ったのだ。
しかし実際に書かれた文字は「日本一の旅」石丸は字面通りに解釈し、大和田が日本一と呼ばれるにふさわしい偉大な旅をすると思いこんでしまっている。暴走族の大和田がまっとうな目標を新年にかかげることにいたく感動しているのだ。
「どう……しよう……」
しかし男同士の熱いふれあいは不二咲とて汚したくないものだった。
「もうちょっと、落ち着いてからにしよっか……」
えへ、と笑って二人を見つめる。良くも悪くも直情型の二人に、ふりまわされることは多い。でも、それが嫌かと尋ねられたら、石丸並みの全身全霊の激情でもってノーと答えるだろう。
「兄弟っ! 僕は兄弟を見なおしたぞ! 君は本当に最高の兄弟だ!」
「おお! 俺もだぜ兄弟! てめぇは俺の最高の兄弟だ!」
なんだかヒートアップして、熱く笑いあう二人に、不二咲はくすっと笑う。誤解が解けて喧嘩になっても、なんだかんだでまたこんなふうに笑いあうだろう。それがわかっているから、不二咲は恐れずに指摘ができる。
「あ、あのさぁ……。二人とも……」
同じタイミングで首をかしげる二人に、不二咲は意を決して口を開いた。
今年もてんやわんやの一年がはじまる。
了