■2008年9月に起きた事故米転売事件を受けて当時書いた時事ネタ。
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■焼酎が自主回収されたりしたんですよ、ってことをご存じであればリンクに飛ばなくても大丈夫。
テトラポットが捨てられた子どもみたいにうずくまっている冬の海。
風は強く、灰色の海が泡立って揺れている。空は暗い。
東のほうから薄く、白光が射しているものの、点は配送の雲に支配されていた。
モノクロームの版画のような風景に、ひとつだけ紅のアクセントがおかれていた。
「めーちゃん」
アクセントの名を、彼は呼ぶ。テトラポット同様、防波堤にうずくまる彼女は海を見つめたまま顔をあげようともしない。
落ちこんだ彼女の後姿を見ているのは彼、カイトにとっても苦痛だった。ゆっくり足を進めて、彼女の隣へ辿りつく。
「ねぇ、元気だしなよ。落ちこんだってマスターはきっと、決定を変えないよ」
そ、と壊れ物でも扱うようにメイコの肩に触れる。
事実、彼らは壊れ"物"だ。歌を歌うために造られた、機械仕掛けにすぎない。精密に、巧緻に造られてはいるものの――いや、だからこそ、滅多な扱いはできない。潮風なんてもってのほかだ。
なのに、彼女は長いことこの場にいた。彼女の至上の嗜好品、アルコールでさえ癒せない苦しみを味わったとき、彼女はよく海へ来る。寒々しい光景と厳しい風はどうやって彼女を安らげるのだろう? むしろ、自身を痛めつけるようにしか思えないのに。
肩に置いた手は彼女によって打ち払われた。非力な、あまりにも無力な己の手のひらを見つめ、カイトは唇を噛む。
「あんたなんかに、何がわかるっていうのよ」
臓物を絞られたかのように、メイコの口の
「めっ、めーちゃん」
触れてしまえそうな怒気が下から立ちのぼる。殺気を感知した小動物のように、カイトは身を震わせた。
「同情なんてほしくない。共感なんてほしくない。憐憫なんてもってのほかよ。裏切られたことのないカイトに、あたしの気持ちなんてわかりっこないわ」
荒々しく吐き捨てると、彼女はすっくと立ち上がる。纏った怒気に反し、何の表情も映さないのが不気味だった。いっそ般若の面であれば、どんな怒声にも耐えられると思えたのに。
後ずさりしようとする己の体を叱りつけ、カイトはメイコの口が開くのを見つめた。
「三●フーズの バ カ ヤ ロ ー っ !! !! !! !! !! !! 」
ロ――――――
ロ――――
ロ――
ロー
山でもないのに、メイコの叫びはこだましながら消えてゆく。
ああ、自分の耳のうちでハウリングしているんだ、と気づけたのは数分も後だった。それだけメイコの絶叫は衝撃的だった。
「めーちゃん……」
肩で息をする彼女を見つのが辛くなって、カイトは目を伏せた。
事の起こりは数日前、マスターがメイコの愛飲酒である「美少年」の購入をやめたことにある。腐のつく
メイコは反発したが、「めーちゃんに何かあったら私がいやなの!」というマスターの言に、引き下がらずを得なかった。その足で海に行き、今に至るというわけだ。
「うぅ……美少年……千年の孤独……鬼ごろし……大吟醸……」
魂が抜けたかのように、日本酒の銘柄をつぶやいている。垂れ下った手を包むと、今度は振りほどかれなかった。
「帰ろ? めーちゃん」
「うん」
まなじりに涙をにじませつつ、メイコは素直にうなずいた。叫んだことで、怒りもまぎれたのだろう。冷めた腕をカイトの腕に巻きつける。
「ねぇ、カイト」
「なぁに?」
上目づかいで、彼女は尋ねる。
「カイトはあたしを裏切らないよね」
泣き疲れた子供のようにあどけないまなざしが、カイトの瞳をとらえた。
彼にだけ見せてくれる、メイコの甘えた表情。
「あたりまえでしょ」
ふぅわりと笑んで、カイトは彼女の手を握りしめる。
冷え切った君を温められるように。
強がっている彼女の隣で、やさしい言葉を与えられるように。
迷子になんてならないように。
海が、二人の後ろでおだやかに波打っていた。
了