なんのためらいもなく異形の肌に触れる男は、深い青の瞳をしていた。
寡黙を良しとするのか、駄弁を好まないのか、男は彼女の前では滅多に口を開かない。
一度見はりの兵士から、「セト様は雄弁家で、よくマハード様と闊達に議論をなさるのだ」と聞いた時、キサラはどれほど驚いただろう。兵士曰く、彼女と接しているときの彼は、普段の姿からは考えられないほど静かなのだそうだ。
与えられた牢獄――といっても、今までを考えれば彼女にとって最高級の宿にさえ思われるのだが――の中で、キサラは寝台に腰をおろして考えてみる。
多弁なセト。
それは今までに全く見たことのない姿ではあったが、同時にたやすく想像できる姿でもあった。若いけれど低く落ちついた声で、論敵を看破すべく多彩な言葉を操る長躯の神官。
老獪な上司にも機知に富む同僚にも、胸を張って相対する彼を空想して、彼女はそのイメージに違和感を持たないことに気がついた。見たこともない姿なのに、どうしてこんなにも確信を持って想像できるのだろう?
両手で頬を挟んで、さらにじっくり考えてみる。彼と喋ったのは少しの時間だけだ。街の人々に石もて追われていたのからに助けられたときと、囚人を捕えていたという禍々しい地下で怪物に襲われたとき。あれから幾日が過ぎたけれど、交わした言葉は数少ない。もしかしたら両手の指だけで収まってしまうかもしれない。彼は気まぐれに牢獄へやってきて、なにをするというわけでもなく時を過ごす。寝台を椅子代わりにして、彼女の隣に座るときもあったが、だからといって親しげに話しかけることはそうなかった。
ただ、うつむくことはせずに背をまっすぐにのばして中空を見つめている。空よりも深い青色の瞳。それがこちらを向いた時、キサラはいつも息をのんでしまう。
深すぎるのだ。
強い意志は光となることなく、セトの瞳を深くうがった。瞳を心の窓というのならば、セトの瞳から覗ける心は、深い深い奈落に通じているだろう。キサラはまだ一度も、青い瞳を正面から見たことがなかった。
意志の光ならば、まだ目をすがめれば耐えられる。けれど、セトの瞳はそうではない。キサラの中にある何かを見通すように、じっと見つめている。その射抜くような視線が強すぎて、キサラはいつもうつむいてしまうのだった。
ああ、だから。
――と、キサラは膝を打つ。
セトの瞳は、語らない唇よりもずっとずっと多弁なのだ。心を通わせるのに言葉を使うことを放棄しているかのように。まるで、言葉にすれば思いが歪んでしまうとでも言わんばかりに。
キサラは少し微笑んだ。
そうだとするのならば、セトという男はなんて純朴なのだろう。幾多の言葉を操りながらも、本当の真心は言葉にすることができない。ただ見つめることしかできないなんて。
もう一度、深い青の目を思い出す。セトは何を言いたいのだろう。何を、伝えたいのだろう。今度はうつむかずに、彼の瞳を見つめ返してみよう。そして、囁きに耳をすまそうと思う。きっと、この異形の肌に触れる理由は、その囁きのなかに秘められている。
了