060:舞い散るもみじの色をうつし

■希望ヶ峰時代
■石丸くんと大和田くんは恋人。





 晩秋の日暮れはひどく早く、夕焼けの名残は西にわずかににじんでいるだけで、あたりはすでにめっきり暗い。街路灯が葉を落とした木々の枝に白々と、人工の光を浴びせていた。
 治りかけたかさぶたのように暗い赤、炙られたようにそりかえった茶。紅葉のピークは先週だったのだろうか。樹影には色づいた葉がわずかに残るばかりだ。照らされた葉はチューブにこびりついた絵の具のカスのようで、キレイだとは言いがたかった。
 代わりに、と言っていいのかどうか、アスファルトに散らばったもみじはくすんでもなお赤々と燃えている。緋毛氈のようなアスファルトを踏みながら、大和田、石丸、不二咲の三人は新しくできた銭湯への道をたどっていた。葉は、三人の足元でさくさくと鳴る。

 不二咲がクラスメイトに自らの性別を明かしたのは夏のことだった。みな、最初こそ戸惑ったものの、徐々に彼が男であることに慣れてしまった。
 今まで女子として見ていた者を男子として見るなんてと、石丸も最初は戸惑っていたが、性別なんてどうだっていいだろ、不二咲千尋は不二咲千尋じゃねぇのか? と、大和田が言ったときに、困惑は氷解してしまった。個人と個人が相対するときに、性別は付随する属性にすぎないと、諭されたような気がして、さすがは僕の兄弟だと誇らしくも思ったものだった。
 不二咲がはじめから男らしさの象徴として憧れていた大和田と、その無二の親友である石丸。三人が仲良くなるのは時間の問題で、不二咲はなにかと男っぽい――たとえば朝日奈に「男子ってほんっとバカばっか!」と罵られるような――ことがあるたびに、瞳にじんわりと涙をためて「これがホンモンの男ってやつなんだねぇ……!」と、感動している。
 大和田と石丸が兄弟になるきっかかけとなったサウナ勝負も、彼の憧れのひとつのようで、学園の側に銭湯(といっても、昔ながらの浴場があるタイプではなく、トレーニング施設や食堂などが併設されたスーパー銭湯のようだったが)ができたというニュースを持ってきたのも不二咲だった。
 裸のつきあいってヤツをしたいんだぁ、と、目を輝かせる不二咲に、大和田と石丸は瞳をあわせてうなずきあった。裸のつきあい自体は寄宿舎の大浴場でもできるのだが、不二咲が自分から誘うことが、彼の自尊心をくすぐったのだろう。入学当初の引っこみ思案な彼を考えると、まったく別人のようだ。積極的に行動できるようになるのはいいことだと内心で思いながら石丸は、それでは週末三人で銭湯に行こうではないか、と提案を受け入れた。

 はしゃいでいるのか、道中の不二咲と大和田の会話ははずんでいる。内容をピックアップすれば、世界経済の話でも、政治状況の話でもない、他愛のないことばかりだったのだが、石丸は二人のやりとりを聞いているのが苦ではなかった。入学当初であれば、なぜ建設的な話をしないのかと苛立っていたろうが、今はむしろ微笑みさえ浮かべてしまう。不二咲だけでなく、石丸も、ずいぶん変わったものだ。
「不二咲ぃ! おめぇ、そんなこと考えてたのかよ!」
 ギャハハハと笑いながら、大和田が不二咲の背を強くはたいた。うわっ! と叫んで小柄な体がつんのめった。その場でたたらを踏んで、不二咲は痛そうに顔をしかめる。
「大丈夫かね! 不二咲くん!!」
「いっ、たぁ〜……」
「わ、ワリィ! つい加減を忘れちまって」
 焦る大和田に、不二咲はかむりをふり、背中をさすりながらも堂々と顔をあげた。
「大丈夫だよ、大和田くん。僕、強くなったからさ。……えへへっ」
 眉根に皺を寄せながらも笑う不二咲は、確かに男の子の顔をしていて、石丸も大和田も「そうだな!」「言うじゃねぇかよ!」と、同意を返した。少し風の強い夜道で、不二咲はいっそう笑みを深めたのだった。



 ■■■



 と、いうことがあったものだから、脱衣所で不二咲の服の下から現れた真っ赤な手のひらの跡は三人にとって、意外なものではなかった。大和田の手のひらの形が鮮やかに浮き出て、鏡越しに背を見た不二咲もぽかんと口をあける。
「り、立派なもみじだな……」
「ほんっと、ワリィ。不二咲……。なんなら、オレの背中に同じことしてもいいからよ」
 三人とも服を脱ぎ終え、あとは風呂場に行くばかりだったのだが、さすがに足を止めて不二咲を気づかう。ふるふるとを横にふる不二咲に、石丸はぐっと拳を握った。
「本当に強くなったのだな、不二咲くん。こんな跡になるような殴打の痛みを我慢していたとは。僕は感動したぞ!」
「ああ。兄弟の言うとおりだ。おめぇは、マジで、強くなったよ……」
「二人とも、ありがとう……」
 くすん、と鼻を鳴らす不二咲だったが、涙を落とさないようにぐっと奥歯を噛みしめた。それを見て石丸はますます握りこぶしを強くしめ、大和田は目元を覆って天を仰ぐ。
 次々に浴場へ向かう他の客の「君たちはすっぱだかでいったいなにをやっているんだい」という冷静な視線は、三人には全く届かなかった。
 感動をわかちあうこと十分強。さすがに冷えた体を温めるため、浴場に向かうことにした。きびすをかえした大和田の広い背に、不二咲がふと目を留める。
「あれ? 大和田くんも背中になにかあるね。引っかき傷……みたいな。どうしたの?」
「本当だな。兄弟、いったいどこで怪我をしたのかね?」
 二人そろって首をかしげるが、大和田はふりむかなかった。
「ああ……どっかでひっかけたのかもな。ひっかけたヤツは覚えちゃねぇみてぇだが」
 と、他人ごとのような口ぶりでかえす。不二咲は小さな怪我なんて気にならないんだねぇ、とまた目を輝かせる。大和田も素直にうなずいていた。いつもどおりのなんてことない会話に終わるはずだった。が、石丸は気がついてしまった。

「兄弟、もしかして、その、ひっかけたヤツ、というのは」
 浴場に入り、不二咲が頭を洗っているうちにそっと耳打ちする。石丸が問うのを待ち構えていたかのように、大和田は犬歯をのぞかせた。
「次のときはよ、もうちっと爪切ってくれると助かるわ」
 のぼせているはずのない石丸の顔がもみじより真っ赤になったのは、言うまでもないことだった。

■第1回#弾丸論破CP族風紀60分創作一本勝負★お題:使用【紅葉】【夜道】(不使用/呼吸の温度)
2014.11.15up@privatter
2015.03.21up(加筆修正有)