066:久遠の断絶

■注意
■死ネタ



 どうして。
 どうして。


 彼の問いかけに応えようと口を開くと、こぽり、喉が鳴って味蕾に鉄錆が広がった。
 見ずともわかる赤。金臭さが鼻腔をのぼって、目の奥まで痺れさせたようだ。焦点がうまく合わない。泣きそうになってる彼の顔も、かすんでよく見えなくなっている。

 どうして。
 どうして!?

 何度も同じ言葉をくりかえす彼は、モノマネ役者ではなく、蓄音器になってしまったのだろうか。一本調子のセリフが後から後から降ってくる。幾重にも重なる音は、言葉の意味をなくしてしまうだろう。本来のインコよろしく、人間の発する音をなぞっているだけのようにさえ聞こえてしまう。人の言葉を、紡げなくなってしまったような。
 こいつが喋れなくなったらどうなってしまうんだろう。サイレントの舞台にしか出れないじゃない。
 ばかなやつ。これから本来の自分で舞台が踏めるっていうのに、そのチャンスをふいにするつもり? せっかくあたしが守ってやったっていうのに。

「どうして、こんなこと。ねぇ、どうして」

 涙まじりの声。両腕をつかまれているらしいってことは、くいこむ十本の指の太さで伝わっていた。渾身の力でつかんでいるのだろうけど、感覚があんまり残っていないものだから、よくわからない。背に、ほのかにやつの感触がある。舞台に横たわっていたと思っていたけれど、いつの間にか抱き起こされていたらしい。
 それよりも、ここはやけに寒いから、コートの一枚でも貸してほしい。
 舞台の上って寒いのねと、瞳で呟いてみるけれど、どうにも返事をしてくれない。自分の問いかけに夢中で、それに答えない限り、相手をしてくれないようだ。うっとーしーやつ。

 仕方ないじゃない。
 あんたに生きてほしかったんだもの。
 降り積もった「どうして」に回答を与えるのなら、それだけでこと足りる。
 命を狙われたステージで、あたしに警備を任せたのだ。警察の意地にかけて、舞台は守ってみせる。だから、体を張ってやつを守った。そこに私情の色が濃かったのは、まだまだ精進の余地があるけれど。

 でも、それだけのこと。
 あたりまえのこと。
 だいたいやつだって、同じ結末に至るつもりだったのだ。スポットライトに照らされた、華々しいエンドマーク。
 あたしひとりを遺して、この長い長い復讐劇に幕を下ろすつもりだったのだ。
 この結末は、遺される人が違っただけのこと。
 いんこのシナリオでは、嗚咽も問いかけもあたしがこぼすはずだった。
 逆転した役柄を、彼はぎこちなく演じている。

 どうして……
 ねぇ

 ぱたぱたと、頬に落ちるのは言葉だろうか。それとも、やけに熱い涙滴なのだろうか。よく、わからない。
 同じ言葉を同じようにくりかえす彼の声を、子守唄のように聞いている。
 ばかね、陽介くん。
 おんなじことをしようとしてたってのに、いざ自分がされるとなると泣きべそかくなんて。
 自分がされて嫌なことは、人にしちゃいけないって、習わなかったのかしら。
 いい気味よ。
 あたしがこんなにもきみのこと好きだってことも、わからなかったんだもの。
 せいぜい泣いて叫んで許しを請うといいわ。
 あんたのどうしてに答えてあげるつもりなんて、さらさらないんだから。


「どうして、息をしていないの」


 ……さぁ、どうしてでしょうね。

2012.07.29up