■セトキサ現代パロディ
スズメがちゅんちゅん鳴く声で、キサラちゃんは目が覚めました。時計を見ると、セットした時間の10分前です。キサラちゃんはなんだか嬉しくなって、ベッドから飛び降りてカーテンを開けました。
ベランダはさんさんとそそぐ朝日に照らされています。育てていたゼラニウムの鉢に、ピンクの花が一輪咲いていました。
「おはよう!」
キサラちゃんはニコニコしながら水やりをします。じょうろから飛びだした水はキラキラ光って、小さな虹を作りました。なんだかとってもハッピーです。鼻歌だって歌っちゃいます。なんてたって今日のキサラちゃんは、セト様とピクニックに行くんですから!
お台所の炊飯器を開けると、ほかほかの湯気がたちあがりました。昨日の晩にタイマーをセットしておいたのです。おかずの玉子焼きとほうれん草のおひたしは冷蔵庫にしまってあります。あとはおにぎりを握るだけ。もちろん具もばっちり用意してあります。
「ふふ……ぬかりはありません。これができる女というもの」
キリッと顔をひきしめるキサラちゃんですが、昨晩玉子焼きがうまく巻けなくて大奮闘したことや、お米を洗うのとほうれん草をゆでるのを同時にやろうとして、結局おひたしがぐでんぐでんにゆだってしまったことなんかには目をそらしています。
「でっ、できる女に過去など無用! 私の踏みしるした道ーーそれが未来への道しるべとなるのです!」
どこかの社長さんのようなことをほざきながら、キサラちゃんはおかまをひっぱりあげました。おにぎり作りのスタートです。
「もうこんな時間!?」
壁時計を見上げたキサラちゃんは、びっくりしてしまいました。急いで身支度を整えて、姿見の前に立ちます。お気に入りのワンピースのリボンをきゅっと結んで、にっこり笑いかけました。鏡のなかには幸せそうな女の子が映ります。
「セト様に、かわいいって言ってもらえますように……!」
恋する乙女の祈りをこっそり呟いて、キサラちゃんはポーチを肩にかけました。おにぎりをつめたバスケットを持って、さぁ、出発しましょう!
待ちあわせの駅に着くと、セト様はもう待っていました。褐色の長身が群を抜いてかっこいいです。キサラちゃんは胸をときめかせながら、セト様の元へと向かいました。
「おはようございます、セト様」
「ああ、おはよう」
一文字に結ばれていたセト様の唇がはしっこだけ少しほころびます。キサラちゃんは、セト様のそんなちょっとした表情の変化が好きでした。だって、自分だけがわかるセト様の気持ちです。好きにならないはずがないじゃないですか。
切符を買って、キサラちゃんとセト様は電車に乗ります。目的地は大きな自然公園で、今はコスモスの花が見頃という話でした。いっぱい咲いているといいですね! と、キサラちゃんが言うと、セト様はうむ、と重々しくうなずきます。
キサラちゃんとセト様の会話はいつもそうでした。キサラちゃんがいっぱい喋って、セト様がしっかりうなずく。お話をたくさん聞いてくれるのは嬉しいのですが、時々キサラちゃんは不安になります。セト様は自分といて、楽しいのでしょうか? 我慢をさせてしまってはいないでしょうか?
けれどこれまで、キサラちゃんは不安を直接ぶつけることはできませんでした。もし、そうだと言われてしまったら……いったいどうすればいいのでしょう?
キサラちゃんはお話を続けます。目覚ましより先に起きられたこと。ベランダのお花が咲いたこと。できる女のお弁当テクニック。おにぎりとおかずの黄金法則。腕を組んで聞き続けるセト様に、キサラちゃんはふと、クエスチョンマークをこぼします。
「セト様はどんな具がお好きですか?」
「ん、どうでもいいな」
間髪入れずに帰ってきた言葉は、キサラちゃんの胸をぐっさり突きさしました。
「そ、それって……」
バスケットをぎゅうっと握ります。やっぱりセト様はキサラちゃんのことをわずらわしく思っていたのでしょうか。キサラちゃんの瞳から、知らず、涙がにじみます。
「あ、あはは……。そうですよね、おにぎりの具なんて、どうでもいいですよね……。ご迷惑だったでしょうか……」
震える声に、セト様は隣を二度見しました。透明な雫に、血相を変えます。
「ちっ、違う! 違うんだ!! 私はお前の作るおにぎりなら、どんなおにぎりだろうと好きだ! そう言ったつもりだ!」
「セト様……」
「私は、ご迷惑じゃない、ですか? 梅干しさんも、こんぶさんも美味しく食べていただけますか……?」
「ああ!!」
力強くうなずくセト様に、キサラちゃんはパッと笑顔を咲かせます。涙なんて飛び散ってしまいました。
セト様はほっと息を吐きます。
「そう、不安がるな。私は、言葉ではうまく言えないが……その、こういうことだ」
セト様はバスケットの上のキサラちゃんの手をにぎってあげました。キサラちゃんの頬が熱くなります。
「……はい」
こっくり首をふるキサラちゃんの頬と同じくらい、セト様の頬も熱くなっていました。
いあわせた乗客の(リア充爆発しろ……!)という思いにはまったく気づかずに、キサラちゃんとセト様は目的地までずっと手をにぎっていました。
了