■注意
■死ネタ
最近は貴方がいた夢ばかり見ている。
「いんこ」
真っ白い空白の中で浮かびあがる道化姿の青年に彼女は呼びかける。夢であることを知りながら、それでも自身の繊手を伸ばし、いとおしげに青年の体を抱きしめた。温かい体温。鼻孔をくすぐる匂いがどんな香水によるものかは知らないけれど、彼の匂いを間違えることはない。
「いんこ」
呼びかけが白い空間に拡散して、消える。彼女より少し背の高い青年の顔を見上げると、彼は微笑していた。口から吐かれるセリフの空虚を知っているからなのか、彼は(本来の彼は)とても無口な人だった。
そのかわりとても優しい目をしている。視線が春の日の光でできているのではないかと間違えそうになるくらい優しく包みこむようで、彼女はその目が好きだった。けれど
「陽介くん」
彼の名を呼んで、またも繊手を届かせる。彼の目にかかったマスクは視線を受けるにはとても邪魔で。
「陽介くん」
マスクを外す。優しい優しい彼のまなざし。そして気づいてしまう。ここが白い空間ではなかったことに。絢爛豪華な舞台の上、まばゆいライトをあびて尚も、彼は微笑む。優しい優しい彼の微笑。
「大丈夫だよ」
優しく優しく彼女の髪を梳く。その顔には満足気な笑みと、赤い血化粧。
痛いって言うより、熱いかな。なんてバカなことを呟いて、彼は彼女に倒れかかる。
ゆっくりと閉じられる目蓋。大丈夫だなんて、嘘ばかり。その目が永遠に開かないことなんて子供にだってわかって――
そこで目が覚めた。
五月蠅いほどの雀の声で今が早朝だと知る。目覚まし時計なんてまだ一時間は沈黙しているだろう。何故だかにじんでいる視界に文字盤を納めると、予想どおりだった。5:30。まだ日も昇っていない。
「馬鹿みたい」
渇いた喉からはかすれた声しか出なかった。もう一度目蓋を閉じると、頬に冷たい雫が流れ落ちていく。馬鹿みたい。毎朝毎朝、もう目覚めないだろう男のために涙を流して。本当に馬鹿みたいだ。
「――本当に、馬鹿よ」
夢の中の優しい優しい男のまなざしを思いかえして、また「馬鹿」と彼女は呟く。優しくしておいて、つき放すなんてことがどれだけ残酷なことか、あの男はわかっていないのだ。残される者の痛みなんて想像したことさえなかったに違いない。あいつはいつだってそうだった。完璧に見えてどこか抜けている。それが放っておけなかった。なんてことを言うつもりは絶対ないけれど。もういい。また夢の中で文句を言ってやる。
夢で会えれば嬉しさに負けて、言葉もなく手を伸ばしてしまうことは知っていたけれど、知らぬふりして彼女は再度目蓋をおろした。
了