いつもの喫茶店のいつもの席にいつもの扮装で座って、いつもの珈琲を注文する。
もはや自分が舞台の書割になったんじゃないかって気がするルーティンをこなして十五分ほど経つと、いつものごとく女刑事が現れて、断りも入れずに対面に相席をする。で、いつも通りにふくれっ面。
「――今日の舞台では、A婦人のブローチが盗まれたわ。親指大のエメラルドは、相当の額らしいわね」
「おや、それはそれはお気の毒」
半分も減ってない珈琲を持ちあげながら肩をすくめると、刑事さんは苦々しくほぞをかむ。今回も犯人の手がかりはなし。証拠もしっぽもつかめないのだから、そりゃあストレスもたまるだろう。刑事稼業も大変ですねぇと水をむけると、誰のせいで! と肩をいからせた。釣りあがった目の角度がいつもよりけっこう急だったので、つっつくのはそろそろ終わりにしておこう。
「証拠よ、証拠よ。証拠さえつかんだら、あんたなんてブタ箱にぶちこんで、二度とお天道さまを拝めなくしてやるんだから!」
「物騒なことを言うねぇ。で、証拠とやらの目星はあるのかい?」
「……イジワルなこと、言わないでよね」
つん、とそっぽを向く横顔に、メニュー表を薦める。刑事さんもいつものサンドイッチセット。昼飯にしては遅すぎて、晩飯には早過ぎるこれを「おやつよ」と言いはる彼女の食欲には恐れいる。見ていないところで、昼も晩もしっかり食べているのだろう。元気でたわわなむなのふくらみは、この食欲で育ったのだろう。頭のなかを覗かれたら、盗み以前にセクハラで捕まえられそうなことを考えつつ、いつもどおりに唇をニヤニヤ歪めてやる。
「証拠さえあるんなら、泥棒も観念してすぐに捕まるんですがね」
「あんたって、キザなうえにイヤミよね」
「おや、ホントのことだぜ?」
人さし指を刑事さんの鼻先につきつけて、マスクの下から彼女を捉える。面影をほのかにしか残さない――けれども、世界中の誰より一番あの子に近しい女刑事に本音を託す。
「きっとあんたが一番、泥棒の真実に近いんだからさ」
怪訝な顔をしたのは、また冗談を言っていると思われたからだろう。それならそれでいい。
「どういうことよそれ」
「舞台専門のコソ泥なんかを追っかけまわすのは、あんたみたいな物好きしかいないってこと」
「あんた、ほんっと、イヤミなやつ」
届いたサンドイッチに親の仇かなにかのように噛みつく刑事さんに返事はせずに、自分もまた珈琲を口にする。
いつもの珈琲を、いつもの席で、いつもの君と味わういつもの時間は、今すぐにでも終わらせたいようで、もう少しだけひきのばしていたくもある。「いつも」の終わりを女刑事にゆだねて、泥棒はおかわりを頼むのだった。
了