――いいかキサラ、兄サマにゲームって言ったらダメだぞ。
――どうしてですか?
――兄サマは、ゲームって聞いたら絶対勝とうとするんだ。だから、ポッキーゲームを和気あいあいなんてできやしないよ!
――そ、それもそうですねぇ……。
なにやらキサラの様子がおかしい。
「せ! 瀬人様! どうぞ!!」
と、両手で握りしめてずいっとチョコレート菓子をさしだしてくる。
赤い色のパッケージが特徴的なそれは、確か今日がこの菓子の日だとこじつけてはいなかったか。
製菓会社の策略に踊らされるのも愚かしいが、その愚かさこそが日々に潤いをもたらすのだと言われてしまえば、言いかえす言葉もなくなる。自覚がないのならば愚かだが、自覚があるのならば製菓会社を利用しているともいいかえられよう。キサラの無自覚なしたたかさは、それが本人が望んで会得したものでないにしても、瀬人の好むものであった。
「ポッキーか」
「はい!」
出している手は震えているのに、肩はがちがちに固まって、首をうつむかせている。新卒の営業マンのようだなと思うが、営業マンは耳を真っ赤に火照らせていないだろう。
「5箱めだな」
「はい!」
社長室のデスクの上には四つのポッキーが並べられている。今までキサラが渡してきたものを積みあげただけだが、さっきからひとつずつポッキーを運んできている。なにがしたいのか。
「……ありがとう」
「はっ、はい!」
受け取って礼を言ってみる。
キサラはパッと顔をあげてはにかんだが、それは4箱めを持ってきた時にも見た仕草だ。
「で、なんだ?」
「は……」
「何か用があるのだろう? さっさと言え。無用な茶番につきあうほど俺は暇ではない」
「……い」
事実を述べると、キサラはまたしょんぼりとうつむいてしまう。ポッキーを渡すことで何かを起こしたいのならば、口で言えばいいのだ。
とぼとぼと扉へ向かうキサラを横目に、瀬人はキーボードを叩きつづける。
「兄サマ!」
バタン! と扉が開いた音に目をやると、モクバが肩で息をしていた。
「キサラの気持も考えてやってよ! 兄サマは自分の言いたいことを言える人だから、それでいいかもしれないけど……キサラは兄サマとは違うんだぜ!」
「どういうことだ?」
「キサラは、その……ポッキーで、兄サマと……えっと、ポッキーの、その」
モクバまでうつむいてもじもじと下をむく。ポッキーがどうしたと言うのか。
「い、いえ瀬人様! その、ポッキーは特になんでもないのです。その、ポッキーゲー、いえなんでもないです! ええっと……」
「キ、キサラだめだってば! だから兄サマ、ポッキーをさ、その」
二人そろってもだもだとポッキーがポッキーでポッキーのと、要領を得ない。このチョコレート菓子のなにがそうさせるのか。
「……食べるか」
赤い箱をいつつとも持って立ちあがる。
おそらく二人は自分に休憩をとらせたいだの、息を抜かせたいだのと計画していたのだろう。それがうまくいかなくて困っているとみた。
「ちょうど一息入れようとしていたところだ。キサラ、茶を頼む」
「は……はい!」
きょとんと目を丸くするキサラと、モクバが目を合わせる。
その様子が何故だか可笑しくて、口元が少しだけ笑みを浮かべた。ずいぶんと丸くなったものだ。
ぱたぱたと給湯室へ走るキサラを待って、ソファーに腰掛ける。モクバが隣に座って、にっと笑った。
「兄サマさすがだね。キサラをじらしてたんだろ?」
「じらす、とは?」
「……もしかして、ほんとに休憩するだけのつもり?」
「当り前だ」
「……そ、そうなんだ」
がくりと肩を落とすのはなぜなのか。しかし、盆を持ってまたぱたぱたと帰ってきたキサラによって会話は中断された。
「はい! 煎れたてのお茶ですよー。火傷に気をつけて飲んでくださいね」
「ああ」
「ありがとな、キサラ!」
「はい!!」
ぱりぱりと箱を開けて、チョコレート菓子を口にくわえる。庶民の味だが、まあ悪いものではない。
こんな時間を過ごすのと同じように、ありふれていて、けれど――なくしたくはない。
瀬人はぱきんとポッキーを折った。
――やっぱり兄サマとポッキーゲームできなかったなぁ。これで良かったのかよキサラ?
――はい!!
了